main

□特権(兄忍/11月拍手文)
1ページ/1ページ




部屋の一角から窓の外を覗くと、一糸乱れぬ隊列の美しい形と、その先頭で指揮を振るう黒い影が目に入る。

指導者の声は妥協を許さぬ程大きく、厳粛さを感じさせる口調で、建物の二階である此方までよく通っていた。

彼が隊員に何を指導しているのかまではアタルも詳しく知るところではない。
だが、忍の気質というべきなのかどうにもニンジャの行う鍛練は、苦が苦でなくなるまで徹底的に肉体に教え込むといったような、過程だけ見ればある種の拷問とも取れる厳しい性質のものが多い。
どこかで聞いた話だが、忍は腹や皮膚に毒を仕込んで抗体を作り外敵から受ける毒を相殺するのだとか。
それが真実なのか、または忍の抜け目なさを教えるための誇張に過ぎないのかは別として、ニンジャの中で血筋として流れているそういった精神が教育に現れているとすれば、只の戦闘員として入隊した彼らには少々過酷だろう。

指導に熱が入り自然と厳しい態度になる己の副官と、それに恐々とする隊員の光景に不思議な微笑を漏らしながら、アタルは静かにカーテンを閉めた。




夕刻。
鍛練を終え、浴室から出てきたニンジャはアタルの座るソファの傍らに腰を降ろすと、珍しく大きな欠伸を見せた。
朝から夕方までああも気合の入った指導を繰り返していれば、自ずと心身ともに緊張してしまうだろう。
一時のゆったりとした時間に気を許したらしい、僅かに力の抜けた横顔を、アタルはただ見つめた。

まだ半乾きで艶を含んだ黒髪の細い束が、頬から耳の周辺、そして白い項に張り付いて、どこかしどけなさを醸し出す。
滑らかな線を描く女の其れとは違う、だがそこがまた良いのだと一人感心しながら蒼い双眸は柔らかく笑った。

「ニンジャ、眠いのか」

「ん…いや…そんなことないでござるよ…」

今にも瞼を下ろしてしまいそうに緩く上下する睫毛の奥で、烏羽のような眸が揺れてアタルを見る。
明らかに睡魔に負けてしまっている気の抜けた表情でぼんやりと見つめてくる、その眼差しをアタルは可愛いと思わずにはいられなかった。

ここまで頑なに素直じゃないと、寧ろ愛しくて堪らなくなる。

「働き詰めで疲れているんだ。少し休みなさい」

「ん…拙者まだこれから夕餉の支度をせねばなら…っ、!アタル殿っ!?」

ニンジャを労うつもりなのか、それともただ触れたくなっただけなのか、どちらともつかない衝動から、アタルはニンジャの肩を抱き寄せると、強引に己の肩口に頭を埋めさせた。
まだ少し濡れている髪の感触がひやりとマスク越しに触れると、肩を抱いた手は艶やかな黒髪を撫で始める。

「夕飯までまだ時間はある。1時間くらいなら眠れるだろう」

チラリと時計に目を遣って、すぐにまた抱き締めたニンジャに視線を戻す。
夕飯など、何時でも構わない。だがさすがに日課を放棄させるような発言をしてしまえば、ニンジャのことだ、それこそ反発するに違いない。
少しだけ、と念を押すように優しく頭を撫でてやると、やはり本能には抗い難いのか、コクリと小さく頷いてニンジャは自らもアタルに寄り添った。

「1時間経ったら起こしてやるから、ゆっくり休みなさい」

「ん……」

もぞもぞと身体を揺らしてすり寄ってくるニンジャはいつになく甘えた様子で、なんと形容すべきか、己にしか懐かない仔猫の如き庇護欲を掻き立てられる愛らしさがある。
恍惚の刹那にも似た、ぼんやりとした表情で見上げてくるその稚い仕草が堪らなくて、つい唇を奪ってしまうと、ニンジャは照れたように眸を伏せて胸に顔を埋めてきた。

「いつもこうだと、もっと可愛らしいんだがな…まぁ、多少キツい方が害虫が寄り付かなくて良いか」


彼に厳しい指導を受ける隊員たちにこの姿を見せてやりたいと悪戯っぽく思う一方で、こんなに無防備で可愛らしい様を他人になど見せたくないと、密やかな独占欲を芽生えさせる。間も無くして安らかな寝息を立てる腕の中の伴侶を見つめ、アタルは至福の溜め息を漏らすのだった。


******************************
甘えるニンジャと甘やかす兄さんを書きたくなったので。
兄さんがニンジャに甘いのはデフォですが、ニンジャは多分眠いときくらいしか素直に甘えないんだろうな、と。
1時間って言ったけど、このあと兄さんは1時間半後くらいに起こしそう。適度な甘やかし方を知ってる長男萌える。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ