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□焦思(兄忍)
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藍の更に深い、どこか見覚えのある闇に砕け散ったような星の瞬きがよく映える閑かな宵だった。

一面の闇。虫の音すら届かない。
時が止まったのだと言われたら信じてしまいそうな程静か過ぎる刹那は、謂れのない一抹の不安すら闇夜に浮かべる。

窓の淵で晩酌を煽りながら其れを見上げていたニンジャは、あまりにしんと深い静寂が耐えられず、軋む左肩を庇いながら足下に視線を落とした。


二週間程前、任務を終えたニンジャは傷を負って帰還した。
傷は、左の肩口から背中にかけて一筋斬り開かれており、上着はおろか本来斬撃から身を護るのに秀でた筈の鎖帷子までもが無惨に千切れている酷い有り様だった。
鋭い痛みと、血の絶えず溢れ出るドクドクと刻まれた鼓動が意識を奪うのが耐えきれず、捕縛した悪行超人の移送を部下に任せ己は満身創痍の躰を引き摺りながら後を追ったのだが、数日間の音信不通は隊を不安と混乱に陥れる結果となってしまった。

そして何より、副官の身でありながら敵情視察を目的とした少人数の潜入で勢い余って突出し、危うくし損じかけるという失策を演じてしまったことに、アタルはひどく憤慨していた。

傷の療養も兼ねた謹慎を言い渡され、二週間経って尚、ニンジャは戦線に出ることを赦されてはいない。
それどころか、それ以来すっかりアタルの機嫌を損ねてしまったらしく、殆ど顔を合わせてもくれないままなのだ。

「静か…だな…拙者など、初めから存在しないかのように静かだ…」

闇に溶ける色をしたニンジャの黒い影が揺れる。
目映く散った星の瞬きが雲に隠れれば、この影も闇に溶けて見えなくなってしまう。

この身など、必要ないと嗤われているが如く。

「アタル殿は、拙者に失望されただろうか…」

まるでアタルの片腕のように振る舞いながら、功を焦って突出するなど、見過ごされた失態ではない。
そんな己に、アタルは呆れたことだろう。
その証拠が、これだ。

「せめて挽回する機会を…無理な話か」

猪口に張った水面に映る黒い眸を揺らしながら、ニンジャは独りごちて溜め息を漏らす。
アタルは隊内の沙汰に関しては決して寛容ではない。特に隊員の命や士気に関わることには寧ろ厳格過ぎる程だ。
自ら放免を掛け合ってみるなど無謀だろう。

「アタル殿…」

だが近くにいるのだから、せめて会って話がしたい。
募る恋しさに思わずその名が漏れてしまった、刹那だった。


「ニンジャ、入るぞ」

まるでタイミングを図ったかのように、ノックの音と共にアタルの声が室内に響いた。
あまりに出来すぎた間に驚く暇もなくニンジャが振り返ると、入り口の縁に身を預けたアタルの蒼い双眸だけが妖しく光って此方を見据えている。
威圧のあまり、怯んでしまいそうな程の強くギラついた視線だった。

「…アタル殿…」

「ニンジャ、私の部屋に来なさい。今一度…お前を試したい」

静けさの底を割るように放たれた言葉に縋るような思いで頷いたニンジャに、マスクの下で不敵につり上がる口角の真意など、窺える筈もなかった。
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