slapstick paradise

□社員旅行は危険な香り
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「社員旅行、行きません?」
営業時間を過ぎ、帰宅の準備をしていた煌に向かって皐が突然切り出した。
「なんだ、いきなり」
「だーかーらー、社員旅行行きましょって」
「言ってることはわかってる。何で今それを言い出したかを聞いてるんだ」
「気分です」
「てめぇは気分で会社に出費させようってのか?」
「だぁってぇ!!旅行行きたいんですもぉ〜〜ん」
「勝手に行ってろ!私は絶対に許さないかんな!つかなんでそんなに旅行行きたいんだよ?」
「あれ、社長知らないんですか!?数年前から建造が進んでた新しいWORLDが完成したんですよ!!娯楽とバカンスの為の6つ目のWORLD“BOTTOM HEAVEN”が!」
「で、お子様かつミーハーなお前はさっそく行ってみたいと思った、と?」
「気になる箇所はありますけど、大雑把に言うとそういうことです!」
「ってもなぁ、もう蘭丸たちや厳介は帰っちまったし…」
「すいませーん、忘れ物しちゃって」
「いやぁお恥ずかしい。今日の水やり担当俺だったのに、忘れてました」
蘭丸と厳介が都合よく戻ってきた。煌はそんな2人を不機嫌そうに睨みつけ、ため息をついた。
「ねぇねぇ、厳介さんと蘭丸くんも社員旅行行きたいですよねぇー?」
「僕は、どっちでもいいですけど」
「社員旅行って、またなんで?」
「ほら、新しいWORLD!できたじゃないですか!!」
「新しいWORLDかぁ。興味あるかな」
「決まりですよね!!」
「ああ、ったくもう!!……まあ、いいか」
「やったー!!旅行!旅行!」
「で、日程はどうするんですか?」
厳介が事務所の隅に置かれているホワイトボードに向かった。
「そうだなぁ…今月11日から13日までの2泊3日でいいだろう」
「えー、もっと日程多くしましょうよー」
「旅行の費用全部お前持ちにしてやろうか?」
「すいません。無かったことにしてください」
「まぁ、こんなもんだろう。お前ら、ちゃんと準備しとけよ」
「「「はーい」」」



「おーい、みんな集合」
事務所から帰った蘭丸は夕食を済ませた後、それぞれ好き勝手に過ごしていた猫たちを呼んだ。
「実は、今月の11日から社員旅行に行くことになったんだけど」
「しゃいんりょこー?」
聞き慣れぬ言葉にQ太郎が首を傾げる。
「兄貴、しゃいんりょこーって何っすか?」
「いいか?社員旅行ってのはな、同じ会社で働く人たちがお互いの本性をさぐり合うためにあるイベントだ」
「うーん…よくわかんねっす」
「いいよ。銀次の言ってるのはほとんど嘘だから。まあ、そういう行事があるから君らの服とかも買わないといけないからさ、また今度買いに行かないとって話」
「なんでい。そんなことかよ」
「新しいお洋服っすか!?嬉しいっすぅ!」
「人間になっても同じ服ばっかりでしたからねぇ。ふわぁ〜あ。私、もう寝ます」
「あ、わかった。じゃあ、はい」
蘭丸が指差すとのん子の身体が縮み猫になった。
「おやすみ」
「にあぁぁぁ」
「で?俺らは何したらいいんだよ?」
「うーん、そう言われると何もないんだよなぁ。ただ、今度の買い物の時について来てってだけだし」
「なんでい。つまんねぇ。あーあ、ちと早いが俺も寝るかぁ」
「………」
「なんだマタタビ、お前も寝んのか?」
「…む」
「Q太郎、お前はどうする?」
「自分はもう少し起きてるっす」
「そっか、んじゃおやすみ〜」
「ああ、おやすみ」
猫に戻った銀次とマタタビはのん子の隣で丸くなり、すぐに寝息をたてはじめた。





「暑い…暑い…暑いですよっ!!」
皐が照りつける人工太陽を睨みつけながら叫んだ。
「そらそーだ。ここは南国がモデルになってんだから」
「ていうか、皐ちゃんなんで長袖なの?」
厳介が今にも倒れそうになっている皐を見ながら引き気味に言った。
「オシャレ…です」
最早流れる汗も拭かず、執念のみで立っている皐から妙な凄みが滲み出ていた。
「やめろ。見てるこっちが暑苦しい」
「う、わかりましたぁ」
煌の言葉に皐はしぶしぶ上着を脱いだ。
「と、とりあえずホテル行きませんか?荷物置きたいですし」
自分の荷物と煌を持たされている蘭丸が皐以上に汗だくになりながら呻くように提案した。
「んじゃ、行きましょっか!」
「仕切ってんじゃねえよ!」
夏の日差しの下に煌の拳が皐の頭を打ちつける音が響いた。



「はわぁぁぁ、こ、こ、こ、これが“海”っすかぁぁぁぁ!!」
海。といっても人工的なものだがなかなか本格的な物であった。浜辺は磯の香りに包まれ引き寄せる波の音が聞こえてくる。人工の砂浜は太陽に照らされ足元はかなりの温度になっていた。
「海です!海です!海ですよ〜!」
「人工だけどな」
「ぶ〜、言わないでくださいよ〜」
ホテルに荷物を預け海に繰り出した一行を先ほどより強くなった日光が射した。
時刻は午後12時。WORLD内の温度は最も高く設定されていた。
「はわぁぁぁ、こ、こ、これが海っすかぁぁぁ!」
産まれて初めて海を見たQ太郎が感嘆の声を漏らす。既に先日買いに行った水着に着替えていた。
「あつぅい。こんなに明るいと寝れませんよぉ」
「ねえ、蘭丸くん、のん子ちゃんの水着なんだけど…」
厳介が蘭丸を小突き耳元で囁いた。
「なんで、スクール水着なわけ?」
「か、勘違いしないでください!!水着は全部本人たちに自由に選ばせたんですから!特にのん子のと銀次のは特注品になっちゃったんですよ!?いくらしたと思ってるんですかっ!」
「ん、銀次くんの?」
厳介が銀次の方を見やる。そして完全に固まってしまった。
銀次の水着は端から見ればジョークグッズか罰ゲームのように思えた。
「世界一」
そう書かれた純白の…褌だった。
「いいねぇこの香り、猫だったら興奮せずにはいられねぇ磯の香りだ…なあ、マタタビよお」
「……む」
マタタビもまた、妙な格好だった。下は黒のショートボクサー型の普通の水着なのだがわざわざ口元にタオルを巻いて隠していた。
「ま、まあ、いいんじゃない、かな?彼ら、猫なんだし」
「いいんですかねぇ…」
「よぉし銀次くん!!競争ですよ!」
「負けませんぜ、姉御!」
堪えきれなくなった皐が全速力で走り出した。それを追って銀次も走り出す。
「ガキが」
煌が大きく嘆息した。
「まあまあ、俺たちも楽しみましょうよ」
「私はいいよ、荷物番やってっから。お前ら、行ってきな」
「そうですか?じゃあ遠慮なく。行こうか蘭丸くん」
「あ、はい。じゃあみんなも行こうか」
「はいっす!」
「………む」
「はいはぁ〜い」
2人と3匹が海に向かって駆けていく。その姿を煌が眩しそうに見つめていた。



「はぁはぁはぁ、つ、疲れた…」
皐がホテルのベッドで横になりながら微かな声で呟いた。皐は海でおよそ考え得る全ての遊びをやった。蘭丸や厳介が疲れてあがっても残った銀次と共に海を満喫しきった。その結果、体力を使い果たし海でぶっ倒れた後部屋まで運ばれたのであった。
「はしゃぎすぎなんだよ。ガキかってんだ、ったく!」
皐の傍らに座っている煌が皐の腰を叩いた。
「はぴゃぁぁぁぁぁ、た、叩かないでくださぃぃぃぃ」
「静かにしろ!のん子が寝てるだろうが」
煌が傍らのベッドで寝ているのん子を優しく見つめながら皐の頭を軽く叩く。この場面だけ見ると煌は2人の保護者のように見えた。
「ううぅ。今日お風呂入りたくないです。絶対身体中ヒリヒリしますぅ」
「バカ、汗かいてんだろ。シャワーぐらい浴びろ」
「うぅ……」
「社長、晩御飯行きましょうよー」
扉の向こうから厳介の声が聞こえてきた。時刻はすでに19時を過ぎている。外も暗くなり始めていた。
「ああ、わかった。のん子、起きろ。晩飯行くぞ」
「にぁぁぁぁ、もう、そんな時間ですかぁ?」
「ああ。ほら皐、お前は服着ろ!厳介、蘭丸たちと一緒に先行っててくれ。私の名前でホテルのレストラン予約してあるから」
「了解で〜す」
「ほら起きろ皐!」
「うぅ、わかりましたよぉ」
皐がゆっくりとベッドから起き上がり、「SPIRIT」と書かれたTシャツを着た。のん子も浴衣を着て、乱れた髪の毛を整えた。
「行くぞ。貴重品持ったか?」
「はーい」



「おいし〜い!このお魚、スッゴい美味しいですよ!!」
「どれどれ…ぬぉ!!な、なんだこの味は!?これが魚!?今までこんなの食ったことねぇ!!おいマタタビ、お前も食ってみろ」
「…………っ!」
「こら銀次!高いお店なんだからもっと上品にしろって」
「厳介さん、なんすかコレ!?コレなんすか!?」
「ああ、これは…何だろうね?社長、わかりますか?」
「魚は…鯛だろ。だが、この上にかかってるのは何だ?」
「ご説明しましょうか?」
コックと思わしき男が、料理を堪能している煌たちのもとにやって来た。
「おお、じゃあ、お願いしよ…」
猫組と皐を除いた3人が目を見張った。
「お前…あ、彩斗!」
「な、なんであんたらがここに…!?」
コック帽を脱いだ男、西園寺彩斗がバツ悪そうに頭を掻いた。以前この男slap stickの社長煌金糸雀の命を狙い殺す直前まで追いつめたのだ。その男が料理人の姿をしてまた彼女たちの前に立っていた。
「お前、ここで働いてんのか…?」
「ま、まぁ、一応」
「そうか。もしかして、これお前が作ったのか?」
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