Official Guardners

□召集
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 佐古水雄一は突然の召集を受け、東京は新宿に存在する防衛省に出頭していた。防衛省の中を歩いている途中、何人もの職員が佐古水を振り返った。それも仕方のないことだと佐古水は思った。今の彼を見て振り返らない者はほとんどいなかった。右目を覆う黒い眼帯に、通すものが無く揺らめくスーツの左腕部分。この佐古水の姿は平和に日々が過ぎていく日本という国の中では極めて異質なものであった。当の佐古水自身はそんなものは全く気にしていなかった。それ以上に今の佐古水には気になることがあったのだ。彼には何故自分が呼ばれたのか分からなかった。彼が所属している組織は性質上めったに動くことはなく、それに加えてこれまで彼らでなければ相手取ることが出来なかったある組織は既にその活動を停止しており彼らが出張らなければならない事態は起こるとは思えなかった。
(いつまで待たせるんだ…)
既に応接室に通されて小一時間が経過していた。が一向に人が入ってくる気配は無い。
 佐古水は痺れを切らし自分が入ってきた扉を開いた。
「ひゃわぁぁぁああぁ!!」
瞬間、佐古水の耳に耳をつんざく悲鳴が聞こえてきた。頭がくらくらする中で佐古水が扉の向こうを見ると中学生ぐらいと思しき少女がへたりこんでいた。佐古水には状況が飲み込めなかった。今自分がいるのは防衛省の建物であり、一般人が立ち入ることは許されていない。いくら日本が平和であるからと言っても国家の重要なエリアに侵入を許すほど気の抜けた警備はしていないはずだ。ならばこの少女は防衛省の関係者ということになるのだが…
「なあ、君。大丈夫か?」
 ひとまず佐古水は自らの人間性が正しいと思った行動をとった。少女はへたり込んだまま微動だにしない。それはまるで銅像のようですらあった。佐古水は困ってしまった。助けようにもこの後一体どうするのが最善か、いまいち判断が出来なかった。
「あらあらあら、こんな所にいたの」
考えを巡らす佐古水が少女相手に困窮していると、廊下の向こうから優しげな女性の声が聞こえてきた。佐古水が声のした方を見ると、向こうの方から高齢の女性が小走りに近付いてきていた。
「あ、あぁ、先生!」
瞬間、少女が脱兎の如く走り出し女性に抱きついた。
「まったくもう。心配したのよ」
「ごめんなさい、先生」
ひとしきり少女をなだめると、女性は穏やかな笑顔を佐古水に向けた。
「すいません、この子が迷惑をおかけしまして。私、向島菊と申します。この子の親代わりみたいなものでして」
女性の名に佐古水は聞き覚えがあった。
「おや、もう話が始まってるかい」
また、別の声が聞こえてきた。今度の声は佐古水が何度も聞いた声だった。
白髪に白髭の大男が3人に覆い被さるように立っていた。
「しっかし、何度でわざわざ廊下で話してんだい?」
防衛省大臣官房、牧瀬丈一郎は外見に似合わぬ人懐っこい笑みをうかべながら3人に歩み寄って来た。
「しっかし、ご苦労さんだね。わざわざこんな堅苦しい所まで来てもらっちゃって」
「まあ、俺だって腐っても公務員ですからね。お上の命令には従いますよ」
「君じゃないよ、佐古水くん。そっちのお嬢さん方」
牧瀬は女性の手をとり、応接室へとエスコートする。
「ほらほら、佐古水くん。そっちの子もお客様なんだから、しっかりエスコートしなよ」
牧瀬の態度に少し苛立ちを覚えた佐古水だったが自制心を駆使し、なんとか少女を応接室へと招き入れた。
「しっかし、佐古水くんは女性の扱いに慣れてないね」
「余計なお世話ですよ。それで、私は座っていいんでしょうか?」
「ああ、もちろん座ってくれたまえ。多分、話は長くなるだろうからね」
佐古水が空いているソファーに座り一呼吸おくと、牧瀬が口を開いた。
「まずは、君に紹介するとしよう。そこにいるお嬢さん方を。向島菊女史に橘梓くんだ」
女性が軽く会釈し、少女が深々と頭を下げた。それに対して少し頭を下げる。
「実は、非常に唐突なんだけど、そこにいる橘梓くんが君たちOG部隊の新しい司令官兼責任者だ」
佐古水は反応出来なかった。数秒して牧瀬の言葉の異常性を明確に認識した。
「ちょ、ちょ、ま!まーー!え、何と仰いましたか?今!すっげえわけわかんないこと仰いましたよね!?えー!?び、ビックリするなあ、もう!!」
「でも、もう決まったことだからネー」
「いやいやいや、じゃあ撤回してくださいよ!あんたならできるでしょ大臣官房!」
「まったく五月蠅いなぁ。向島さん、失礼ですが、説明してやってくださいませんか」
「ええ、いいですとも」
佐古水の向かいに座った向島が立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「まずはお礼を申し上げます。ウチの雪之瀬がお世話になっております」
「な、ゆ、雪之瀬?あんた、戒斗のこと知ってるのか?」
「ええ、あの子は私が育てたようなものですから」
その言葉で佐古水の中ですべてが繋がった。
「あ、貴方は“学園”の…」
「ええ、私は国家組織“学園”にて代表者兼教育係を務めております」
「と、いうことは、その子も“学園”の生徒なわけですか」
「ええ、この子、梓はIQ300の超天才なのですよ」
「IQ300…」
そんな数字はゲームやアニメの世界でしかお目にかかれないものだとばかり思っていた。正直に言って佐古水には、目の前で恥ずかしそうに下を向いている少女が自分より頭の良い人間には、失礼ながら見えなかった。
「で、その子が我々OG部隊の司令官に抜擢された理由を、お聞かせ願えませんか?」
佐古水はだいたいの予想をつけていた。恐らくは、彼女の能力を量るための試験的なものであろうと。だが、向島の答えは佐古水の予想の斜め上を行った。
「実は、この子に社交性というものを持ってもらいたくて。そのために、一度現場で働く皆さんの中で組織の一員として頑張ってもらいたいと考えたのです」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!貴女は、雪之瀬から我々がどういう組織かお聞きになったことはありませんか!?」
「それ以前に、彼女はOG部隊創設メンバーの一人でもあるんだよ。佐古水くんより、よっぽどOG部隊の本質を理解してるよ」
「え、じゃあ向島さんはあんたの元同僚!?」
「なんでお菊ちゃんには“さん”付けで僕は“あんた”なワケ?僕悲しくなっちゃうなぁ」
「そういうことで、これから梓をよろしくお願いいたします」
「いや、ちょっと待ってくださいよ!現場の意見とかいろいろ」
「あ、ちなみに、これ首相直々の決定だから、そこんとこよろしくネ」
こうして、佐古水の意見は完全に封殺されることとなった。



 年配2人が「後は若い2人で」などというよくわからない理由で退出した応接室を静寂が支配していた。佐古水は普段年下の少女と2人きりになったことなど無かったので、このような状況でどのように振る舞うべきかわからなかったのだ。少女は相変わらず下を向き、向こうから話しかけてくる気配はない。佐古水は意を決した。
「橘梓、だったね?」
「あ、あの、はい、そうです」
「まあ、俺もこんなこと初めてなもんで、正直どうしたらいいのかわからないんだが。とりあえず君は我々の責任者になったんだ。一度職場に行ってみるか」
「あ、はい。わかりました」
佐古水と梓は立ち上がり、応接室を後にした。それをモニター越しに見ていた牧瀬と向島は親が子を見るような優しげな目で見ていた。
「懐かしいねぇ。僕らが出会った時もあんな感じだったなあ」
「あら、どちらかと言うとあの時は貴方の方が、人見知りではございませんでした?」
「いやいやいや、そんなことは無かったでしょう」
「ふぅ、とにかくあの子をよろしくお願いします。今でこそあのように引っ込み思案で力を発揮し切れませんが、本当に才能に恵まれた素晴らしい子なのです」
「ああ、それは解ってるよ。まあ、ウチの佐古水も良い男だからね。大丈夫だと思うよ。あぁ、勿論僕には負けるけどね。それよりお菊ちゃん、これから一緒に食事でもいかがかな?」
「ふふっ、相変わらずですね。私、一応既婚者ですよ」
「気にしないよ。僕はただ、親好を温めたいだけだからね」
「わかりました。ご一緒しましょう。なんなら、旦那も呼びましょうか?」
「いいねえ、じゃあ、呼んでもらおうかな。ああ、勿論僕のことは黙っておいてね」
「はいはい」
モニタールームを後にする2人の後ろ姿は、まるで久しぶりに出会った恋人同士のようであった。



「さて、何から説明しようか。いや、君が知りたいこと戸から話した方がいいか。何か、質問はあるかな?」
防衛省の通路を歩きながら、佐古水は口を開いた。が、佐古水は驚愕した。既に梓の姿が消えていたのだ。様々な可能性が瞬時に佐古水の頭の中を駆け巡ったが、彼はあの少女に最も当てはまる予想をもとに行動した。果たして、佐古水の予想は的中していた。途中歩いてきた通路にへたり込み、半泣きになっている梓を発見したのだ。
「君は、その、何というか…」
今まで、これほど間の抜けている人物に出会ったことがなかった佐古水は言葉につまってしまった。
「ご、ごめんなさぃ…」
「まあ、いい。何なら、君が前を歩くかい?」
「お、お願いしますぅ」
 

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