もしも沖田が、消防士だったら



 *  *  *





ゴォォォオオ…


燃え盛る炎のなかにあたしはいた。

――放火。
それが、あたしの家を襲った災難。

なんであたしの家なんだ、という疑問は持っていない。
それさえも考えれないくらい、あたしの心は犯人を殺したいほど憎い気持ちで埋め尽くされている。



『…お母さん……』



火傷で顔の原型がわからないくらい焼き尽くされた母を抱きしめた。

そうしている内に火はどんどん侵食していき、あたしの周りを囲むように燃やしていった。


もう、逃げられない。

だが、逃げようとも思わなかった。



『(…ここで死のう)』



どんどん間合いを詰めていく火に覚悟を決め、目を閉じた。

その時、





「あーこりゃだいぶ火が回ってんなァ」

『……!?』



…まさか、人の声?
そんな…もうここにはあたしとお母さんしかいないはず。

でも、



「オイ大丈夫かィ?」



聞き覚えのある声――…。



『沖田、さん……?』



不安気に呟くと、ちょうど目の前に現れた沖田さんが優しく笑った。



「待たせちまったねィ」



なんでここに…、そう思ったところで気が付いた。
沖田という妙な消防士の知り合いがいたことに。



「もうじきここも燃える、早く行くぜィ」



沖田さんはあたしの手を掴んだ。



『……や…』

「は?」

『いやっ』



捕まれた手を振りはらう。
沖田さんはびっくりした表情で固まってる。



『行きたくない…!』



お母さんをひとり残したまま自分だけ助かるなんて出来ない、したくない。


もう、守るものなんて何もない。



『…あたしは…』



大事なひとがいない世界。



『死にたいの…!』



生きてたって意味が無い。







「………じゃあ死ね」

『はぁ!?』



いや確かに"死にたい"とは言ったけど、フツーそこは人として無理矢理でも助けるでしょ…!



「お前が死のうが生きようが関係ねー」

『……っ!』

「でもな、これだけは言わせろィ」



沖田さんはその場から立ち去ろうとあたしに背を向けたまま。
今、どういう表情をしているのだろう。







「"帰ってきて"」

『え……』

「お前の親父さんの言葉でィ」

『お父、さん…が…?』

「あァ他にもお前の知り合い、"死なないで"、"無事でいて"…」

『……、』

「"生きて帰って来い"」

『……っ…!』



ああ視界が霞んでくる。
何か言おうとしたのに、嗚咽しか出てこない。



「それでもお前は、"死にたい"って言えるか?」

『…っふ…ぅ…っ』

「それを聞いてもお前はここで死ぬのか?」



違う。



『…っ……たい…』

「…………」

『…生き…たい…っ!』



お母さん、ごめんなさい。

あたしは、あなたを失って気丈なほど強くない。
ここにお母さんを取り残すのは嫌です。

だけど、

心配してくれる、待ってくれるひと達を悲しませることも、絶対にしたくないんです。

だから、生きます。
生きたいんです。

本当に、ごめんなさい……―――。







「早く行くぜィ。立てるか?」



沖田さんは手を差し伸べてくれた。



『ごめ、んなさ…腰、抜けちゃって…』



何度か力を入れるが立てない。

沖田さんはハァー…、と深いため息をついて、あたしに背を向けてしゃがんだ。



『え…、え…?』

「早く乗りな」



混乱しているあたしを余所に平然と催促する沖田さん。
とりあえず、そのまま座っているわけにもいかないので腕を精一杯伸ばし、沖田さんの首元に手を絡ませた。



「大丈夫かィ?」

『あ、はい……』



戸惑いながら返事をすると、よっこらせと言いながら沖田さんは立ち上がった。

視界が一気に高くなる。



『ぅわっ…ぁ…』

「しっかりつかまってろ」



今、あたしは沖田さんにおぶられてる状態。
腰が抜けてるから仕方ないとはいえ、正直ちょっと恥ずかしい。



「お前、見かけによらず重いな」



出口への道を塞ぐ火を切り抜けながら沖田さんが言った。



『なっ…失礼な…!』



そりゃ確かに重いけどさァ!
なんか面と向かって言われると傷つく……。



「でも、こんくらいが丁度いい」

『え……?』



おぶられてるから、今沖田さんがどんな顔をしているのかわからない。



「ちゃんとお前の重みを実感できるだろィ」



ああ、沖田さんはあたしの他にもたくさんのひと達を助けてきたんだね。
でも、本当に助かったのはほんの一部だけで。

きっと、失くしたくないんだ。

そう思うと、涙が出てきた。



「……なんで泣くんでィ」

『だっ…て…っ』

「泣き虫」



泣き虫で結構です。

嬉しいんです。
沖田さんに救われたことが。



『…沖田さん』

「おぅ」

『有、難う…ござっ…いまし、た…!』



ちゃんと言おうと思ってたのに嗚咽混じりになってしまったのが残念だった。
けど、ちゃんと伝えられた。



「お礼は無事に脱出してから言いなせェ」



沖田さんがそう告げて間もなく、出口が見えた。


絶望の火に飲まれそうなとき、沖田さんという光が差した。

あたしは身体だけじゃなく、あたし自身も沖田さんに助けられたんだ。

それが、たまらなく嬉しい。



『……有難う』



ちいさく呟いた。
それが沖田さんに届いたかどうかはわからない。
でもね、伝わってるといいな。


ぎゅ、と抱きしめる力を強めた後、あたし達は出口の光に飛び込んだ。

























もしも沖田が、 消防士だったら







―――――――
"生きて帰って来い"は誰でもなく沖田本人の言葉

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