桐青
□当たり前のしあわせ
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りおう。って呼んで
もっと声、聞かせて
最近母さんが手話を習い始めた。
家で自慢げに手話で話してくるけど、オレにはなんのこっちゃさっぱり。
「利央、あんたも習ったら?」
なんて言われたけど、正直興味ない。今のオレは野球と、準さんだけ。
それでも見学だけでいいからと、珍しく家にいたオレは半強制的に連れて行かれた。
生徒はオレと同世代からおばちゃん世代まで20人くらいいて。
「見学させて下さい」とみんなの後ろの方に腰掛けると、近くにいた補聴器を付けた先生が、母さんとオレを交互に指差し
「 ム ス コ ? 」
と口パクで言った。
「はい」
笑顔で返し、同時に一瞬頭に浮かんだのは準さん。
ああ、
音が聞こえないって愛してる人の声も聞けないんだ。
なんだか切なくなった。
笑い声、
真面目な声、
怒った声、
甘い声、
苦しいのに必死にりおう、ってオレを呼ぶ声。
オレしか知らない準さんの声。
もう考えるのは準さんのことで手話どころじゃない。その場しのぎで時間を潰す。
2時間ある講習は半分たった所で10分休憩に入った。
「母さんゴメン、用事思い出した!」
テキトーに言い放って駆け出した。同時に携帯を手にとって慣れた手つきで準さんに電話をかける。
準さん、準さんっ
『もしもしりお?』
「準さんっっ!!」
『っ!?なんだよ、どうした』
「準さん、もっと名前、呼んで!」
『は?意味わかんね』
「今から準さん家行くから!!」
『は!?ちょ、まて――』
準さんの話は無視して家へ向かう。
早く、準さんに会いたい
準さんの声聞きたい