桐青
□歪んだ、
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盛夏、陽を浴びたカーテンが風に揺れる。
久し振りのモトの部屋。
綺麗なフローリングの上に座布団が散らばり、床とは対照的に物置と化した机。
さすが一人っ子と言うべきか広い部屋に控えめな2人掛けくらいのソファまである。
模様替えしたんだ―…
ベッドや机の位置が少し変わってる。匂いも夏らしい爽やかな匂いのものになってる。
突っ立ったまま部屋を見渡しながら主のいない静かな部屋に違和感を覚えた。
そういや今まで部屋に1人にされたことなかったかも…
気遣ってくれてる…?
それとも
なんか見られちゃマズいモンでも…?
いやっそれはねーよな、うん。
俺がテキトーに机漁ったってタンス開けたって普通に「なに探してんの」って笑いながら聞いてくるし。
わかってるわかってる。
ベッドの傍に寄り、片隅にあるこの部屋には異質なヌイグルミを手に取った。
俺が姉貴と妹から「意外に可愛くなかった」と半ば押し付けられた頭でっかち(ついでに絶壁)でありえない色のクマだ。前来た時にベッドに置いて帰った。
「これはそのまんまなんか。……ん?」
「お待たせー、って山ちゃんなに突っ立ってんの!」
「あ、…模様替えしたんだ〜と思って」
「あー、そうそう。ちょっと前にね。はいお茶」
「さんくーす」
さっとヌイグルミを手荒く元に戻してお茶を受け取った。
窓を閉めてクーラーを入れソファに座って話し込む。
「…んで慎吾がさー…」
頭が
「だからいやらしんごとか…
ガンガンする
「ねー山ちゃん」
動悸が…
「山ちゃん?」
「ふぇ?」
「どしたの?顔色悪くね?」
「ごめん、なんでもねー」
さっきヌイグルミをとった時、なんか見ちゃいけないものを見てしまった気がする。
あれは…
「山ちゃん…」
低く囁いて俺を抱き込むように肩に手を回し、モトの形のいい唇が近付く。
「あ、モト…」
「ん?」
なんとなく、なんとなくしたくなくて。
言い訳も思い付かないままモトの胸に両手を宛てた。
けどモトは気にすることなく目をうっすら開けて続きをしようを促す。
うっとりしてしまいそうな眼差しから顔ごと背けベッドを見つめた。
女の子と楽しそうに笑うモトの映ったプリクラが数枚、ベッドの枕元にある柵に貼ってあった。
確か元カノ…
俺たちが付き合う随分前に付き合っていた彼女だったハズ。
ていうかなんで今更あんの?
ああ…、模様替えする前はカーテンで隠れてたなあそこ、うん。
「やーまーちゃん」
ぐいっと顎を引かれ口を食われた。思考は一旦停止。
舌がすぅっと唇の割れ目を撫でてきたがその熱に負けじと口を閉じる。
それでもねちっこく唇を舐め回され流されそうになってしまう。
あの子のことまだ好きなのだろうか。
まだ付き合ってる…?
本人からはっきり別れたと聞いたわけではない。モトが彼女の話をぱったりしなくなったから勝手に別れたと思っていた。
「ぅわっ…」
急に体が浮いた。咄嗟に頼れるものを掴む。
なるほどモトに抱き上げられていて掴んでいたのはモトの服、ムッとした顔が俺を見ていた。
それも一瞬ですぐにベッドに投げ出された。いくら体格差があるとはいえ俺だって高校球児だ。長く持てなくて当然。
俺を跨いで上からモトが尖らせた口を開いた。
「やーまちゃん。なんで無視すんの」
「……モト、彼女いる?」
「…は?……いるけど」
「…………」
「目の前に」
「いや俺男ですが…じゃなくて…俺、以外に」
あ〜あ、俺なに言ってんだか。聞きたくない。聞いたら後悔する。
「あーやっぱりなんでも…」
「いるって、言ったら?」
「っ…」
心臓が空回って手先まで血が通らない。みるみる冷たくなっていくのがわかる。
ほら。聞かなきゃ良かったじゃん。
あの子とまだ続いてるんだ。
モトが、見れない…
「あれ、ウソだって!山ちゃんだけだよ〜!!」
モトが焦るのも無理ないよな。
目の奥が熱くなって鼻がツンとする。あ〜情けねぇ乙女かよ俺。
なんか…むかつく。
「どうしたん?いきなり」
「む〜。じゃあコレはなんだ!」
ヌイグルミに向かって指差す。いや、ヌイグルミに隠れてるものを。
モトが不思議そうにヌイグルミを手に取って「これ?」と聞いてきたが首を横に振り、指は同じ場所を指したまま。
モトがその場所を確かめて固まった。
「あ…いや〜、…すいません」
「なんで謝んの〜」
「山ちゃんという人がいながらこんな貼ったままで…無責任というかなんと言いますか…」
「…まだ付き合ってんの〜」
「まさか!本山裕史、山ノ井圭輔一筋です!!」
「じゃあ…」
半身起き上がり、勢いよくそれを剥がそうと手をかけた。けど、
「やっぱいいや」
「え、いいよ剥がして」
「モトが剥がしてよ」
本当は
今すぐ剥がして跡形もなくなるくらいに切り刻んでやりたい。
燃やしてこんな過去なんてなかったことにしたい。
俺以外と幸せそうに笑ってるモトなんか、見たくない。
「いいよ。切り刻んでも、燃やしても」
「っえ…」
「そう、思ったんじゃねーの?」
お前はエスパーか!じゃなくて。
肯定なんてできない。
そんな汚い気持ちモトに知られたくない。
「冗談〜。俺はそんなことしません」
「あ、そう?」
ベリ、ベリっと全て剥がして、くるんと丸まって歪んだ2人が映ったシールを俺に手渡した。
「好きにしていいよ」
ぐちゃっ!
と掌に力を込めた。
ゴミ箱の上から歪に丸まったそれをぱらぱら落とす。
判ってる
切り刻もうと燃やそうと、過去をなかったことにはできない。
だから
今を。今ここにいる本山裕史を好きでいよう。
「モト…」
「山ちゃん、好きだよ。山ちゃんだけ…」
首に巻き付いている筋肉質の陽に焼けた腕に手を合わせて。
「さすが」
さすがモト
俺が今欲しかった言葉。
言い当てちゃうんだもんね。
さあ、続きをしよう?
2009.8.26