らーぜ☆

□今日の天気は
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俺の大切なひと
紹介するね




「さかえぐち〜」


花井と阿部と練習内容について話し終わり着替えようとしていた時、着替え終わった水谷が締まりのない顔で俺を呼びながら近づいてきた。

「なに?」
「明日、午前練で終わりでしょ?午後からさ、栄口と一緒に行きたいとこあるんだけど、どうかな?」
「あ〜…ゴメン。明日はちょっと…」
「あれ、用事?」
「うん。母さんの墓参り」

ホントは水谷に付いてきてもらいたかったんだけど。聞こえるか聞こえないかくらいの声で言ってみたが、途中から水谷の声が重なった。


「俺も行っちゃダメ?」
「え、一緒に来てくれるの?」
「だって俺の行きたいとこ、栄口のお母さんのとこだもん」


なんか嬉しかった。
自分から誘おうと思ってたけど、恋人に墓参りに一緒に来て欲しいなんて重いというか…折角の体を休める為の半休日に誘いにくかった。

去年までは家族で行ってたが今年は盆休みなんてなく、家族と休みが合わないから一人で行くことになったのだ。







今日は生憎の雨。
午前練も疲れたけど思い切りボールを追い掛けられなくて、なんだかもやもやな気分。
今の俺の心、顕してるみてぇ。


「お待たせ〜!待った?」
「…っううん。さ、行こう」
「うん」


白と黒を基調とした清楚な服装でお供え用の花と透明なビニール傘を持って現れた水谷に、不覚にもドキッとしてしまった。


バスに乗り込み、ただ窓の外を見つめる俺に水谷は話しかけてこないまま最寄のバス停で降りた。
水を貯めたバケツを持って記憶を辿るように一ヶ所を目指して歩く。

「そこ曲がったとこかな」
「き、緊張すんなぁ…」
「はは。なんでだよ」
「栄口のお母さんだもん。大丈夫かなぁ俺」
「なんだよ。緊張するようなこと?」


墓石の前に立ち掃除して水をかけ花を手向ける。水谷と線香をあげてから両手を合わせた。


『母さん。
水谷が一緒に来てくれたよ。俺の大切なひとなんだ。
おっちょこちょいでね、大事な場面でボール落としちゃうような頼りないやつだけど、こういう大事な場面では俺の支えになってくれてるんだ。
よろしくね』


目を開けて隣を見るとまだ手を合わせて目を閉じた真面目な顔。
普段見ない引き締まった横顔に見とれているとゆっくりと目を開けて俺を見てへへっと笑った。

「長かったね。母さんになんて言ったの?」
「ん、内緒」

座ったまま、水谷に抱き締められた。

どれくらい経っただろう?
落とした傘に雨水が溜まり始めた。


やっぱ俺よりしっかりした肩だなーとか
水谷の匂いだーとか
温かいなーとか思ってると水谷が体を離して顔を覗いて緩やかな笑顔で優しくキスしてきた。

「栄口…俺の前では泣いていいんだよ?」
「えっ」
「無理、しなくていいよ」
「俺っ、別に…

水谷がまたぎゅっと、さっきより力を込めて抱き締め後ろ頭をぽんぽんと軽くたたく。

別に泣きたいつもりなんてなかったのに目の奥がじわりと熱を持ったのがわかった。
右の目から一筋、追うように左の目からも一筋暖かい涙が零れた。


「ゴメンね。お母さんの代わりにはなれないけど、ずっと栄口の傍にいるから。ずっと、俺が守るから」
「み…たに…、ありがと。おれ、だいじょぶだよ」

水谷の顔が見たくて体を離すとくしゃっと笑った目は潤んでいた。
その顔が情けなくて可愛くて。

「なんでお前が泣いてんだよ」
「だって〜」


なんかいろいろ可笑しくなって笑った。
ふと、2人の世界から現実に戻るとここがどこであるか思い出す。
慌てて周りを見るけど塀や木であまり視界が良くない。
外側からはパッと見、こちら側は見えないだろう。

もしかして、わかってて…?


立ち上がって手をこっちに伸ばす水谷を見上げるとなんだか眩しい。

晴れたんだ。
本当に今日の天気は
俺の心みたいだ。



「ねぇ、母さんになんて言ってたの?」
「えー?

ゆうとくんをくださいって」





今日は
今日だけは。

失う怖さより
水谷の言葉を信じたいと思った


2009.8.5



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