3Z&パラレル

□渇き
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あの時の事を思い出すと、今でも顔がカッと熱くなる。


馬鹿馬鹿しい。銀時は高杉に襲われかけた自分を慰めようとしただけに違いない。

女を抱く事に関しては一流の男だ。そうやって色んな女を慰めて来たのだろう。

だから、自分に対してもそうしようとした。それだけだ。

ならば、丁寧にそれを断れば良いだけだったのに、何故自分はあんなに取り乱してしまったのだろう。




月詠は、窓の外を眺めた。

ここは吉原。色恋はあくまで遊びだ。

本気の恋等誰もしない。



そう、銀時だって。



ちくり、とまた胸が痛む。

自分は銀時に本当の恋をして欲しいのだろうか。

馬鹿馬鹿しい。




「馬鹿馬鹿しい。」



口に出して呟いてみる。

誰も応える事の無いその呟きは、そのまま自分に跳ね返って月詠の心を苛めた。





その時、きゃあ、と女達の声が聞こえた。


「銀様よ。」

「銀様がお通りですって。」



銀時・・・あの日以来、まともに顔を合わせていない。とにかく自分が避けているせいなのだが。

女達の声に導かれるように、月詠は通りへ出た。




通りへ出ると、道中は既に人だかりが出来ていた。

吉原でも一二を争う人気を誇る銀時は、吉原を訪れる客に取っては天上の人にも近いらしい。

通りを歩くその姿を一目見ようと、女達は通りに並んでいた。

月詠はその女達から一歩引き、路地に少し入った所からそれを眺める。




きゃあ、と歓声がして、月詠はその方向を向いた。

向こうから豪華な衣装を来た一団が見える。




ドキン、と胸が高まった。



先導する二人の少年の後ろから歩いているのは、紛れもない銀時の姿。

赤地に桜の花が散る華やかな着物を着て、片手を裾にいれたままのんびりと歩き、たまに通りの女達を見ては笑顔を振りまく。

その華やかな笑顔に、女達がキャア、と声を挙げた。



だが、その笑顔は「太夫」の顔である事を、月詠は知っていた。

普段の銀時は、もっとダラダラしていて、もっとやる気がなくて、でも・・・・・もっと気さくで優しく強い事を。

この浮世離れした吉原という檻の中で、ちゃんと地に足をつけている事を。



客達が知らない事を自分は知っている・・・その事に密かな優越感を覚え、月詠は思わず首を振った。

何を思っているのだ、自分は。これではまるで、男を取り合う客の女達と同じでは無いか。






「銀様を呼び出すなんて、何処の金持ちなのかしらね。」


女達の声に、ふと我に返った。

そう、太夫と呼ばれるトップクラスの遊男は、その辺りの客は相手にしない。

だから、客に呼ばれ座敷へ向かうその姿が、こうして吉原の名物になるくらいだ。





銀時は・・・・今晩、客を取るのか?

そう思った瞬間、胸がぎゅっと締め付けられるような感触がした。

あの腕で、声で、どこかの女を抱くのか?



それは吉原では普通の事。それは十分に分かっているはずなのに。




月詠は、ぐっと手を握り締めた。






いつの間にか、銀時が近づいてきていた。

ふ、とこちらを向いた銀時と目が合う。



目をそらそう、と思った時、銀時の赤い瞳に、何かの感情が浮かんだ・・・気がした。

その瞳から目が離せない。目を逸らしたいのに、逸らせない。




その時、銀時がふ、と片手をあげた。

その手に何か握っている。


それが煙管だと分かった時、月詠はあ、と小さく叫んだ。



あの晩。銀時から逃げるように去った時、煙管を落とした。

銀時が握っているのは、おそらくそれだ。




銀時は目をそらさず、それを口に近づける。

わずかに口が開き、赤い舌がのぞいた。

銀時は舌を伸ばすと、ぺろり、と煙管を舐めた。




まるで、あの晩、月詠の頬を舐めたように。

傷跡にそって流れた涙の筋を、舐めたように。



「・・・。」



立ちつくす月詠を置いて、銀時は去って行った。






「どうしろと、言うのじゃ。」





かさかさ、と胸の奥で音がした。

心が乾いている。心が乾いて乾いて、仕方ない。

この渇きを収める為に何をどうしたら良いのか、それ以前に自分は何がしたいのか分からずに、月詠は拳を握ったままじっと地面を見つめていた。





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