銀月(前)

□水槽の街
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「狭い世界で、美しく舞う為だけに・・・生きておる・・・。」

月詠の言葉は、最後は呟くように小さくなった。



「ツッキー・・・?」

神楽の声に、月詠ははっと我に帰った。見ると神楽が少し哀しそうな顔をしてこちらを見ている。慌てて立ち上がると、「すまぬ」と大きく手を振った。

「何やら陰気臭い話をしてしもうてすまぬ。金魚を飼う事は全然悪くないのだから神楽、気にせんでくれなんし・・・。」

「川に放してみりゃいいじゃねぇか。」



「え?」

銀時の声が、月詠を遮るように部屋に響いた。

振り向くと銀時が先ほどと変わらずソファの上で鼻をほじっている。ピン、と鼻くそを飛ばすと今度は新八の髪について「止めてくださいよ!」と抗議の声があがった。

「生き物ってのは意外としぶてぇモンだ。長生きする奴も出るかもしれねぇぞ。」

よいしょ、とソファから起き上がると銀時は月詠の隣に立った。水槽の中の金魚を覗いて、にやりと笑う。



「どうせ俺達ぁも皆、井の中の蛙だ。井戸がちょっと小せぇか大きいかの違いなんだよ。川に行った気になっても、海に出た気になっても、所詮そこは川だ海だって大きな水槽だ。

なら、どこで生きようが、狭かろうが広かろうが、自分がここで生きてくって決めた場所で精一杯生きるしか・・・ねぇだろうが。いちいち水槽の大きさ測って生きててもしかたねぇだろ。

どこで死のうが生きようが、この世界にゃ何の関係もねぇ・・・だが、それでも生きてりゃいい事もあるさ。

どこで生きてくかより、どう生きるか・・・大事なのはそれじゃねぇのか?」

「・・・銀時。」

銀時の言葉は、金魚では無く吉原に向けられている事は、自分にもわかった。



分かっていたはずだ。あの世界で生きていくと自分達で決めた。

どこであろうと、そこを天国にするか地獄にするかは自分たちの心ひとつだと日輪は教えてくれた。

どんな困難があろうが、自分たちの心ひとつで道が開けることを銀時は教えてくれた。

ならば自分にできることは一つ・・・・そこで精一杯生きる事。



「たまーに、何年も長生きして馬鹿でかくなった金魚とかテレビでやるだろうが。どうせならあれ目指すか。」

「おお!それはいいアル!!ご長寿金魚さん目指すネ!!!そしたらきっと食べごたえアルネ!!!」

「ちょ・・!神楽ちゃん、食べる為に育てるのおおお!!??」



再び賑やかになった万事屋に、月詠はくすり、と笑った。いつもこの者達には元気づけられてばかりだ。

本当に・・・一人で悩んでいる事がバカバカしくなるくらいに。



「と、言う訳で。新八、茶碗とビニール袋とってこい。」

「?どうするんですか?」

言いつつも新八は台所へ向かいすぐに戻ってくる。銀時はそれらを受け取ると月詠を手招きした。

「ちょっと、こっち。」

「なんじゃ?」

銀時は金魚の水槽に茶碗を突っ込むと、中にいる金魚を数匹すくいあげた。それをビニール袋に入れ、また金魚をすくい袋に入れると、器用に口を結ぶ。



ほら、と金魚の入ったビニール袋が月詠の前に突き出された。

「こんなに沢山いたんじゃ共食いしちまうんだよ。お前半分持って帰れ。晴太が喜ぶだろうが。」

「ちょっと銀ちゃん!私が取ったの勝手にあげなるなよ!!」

「悪いのか?」

「悪くないアル!だから私があげるアル!!」

神楽は銀時からビニール袋を奪い取ると、それを月詠の手に押し付けた。月詠が袋の口を握ると、ぎゅ、とその手ごと両手で包み込む。

「私と晴太と、どっちが金魚を大きく育てられるか、競争アルって伝えておいて!」

「・・・ありがとう。」

月詠が微笑むと、神楽がニッコリ笑う。





月詠は、袋の中の金魚を眺めた。小さな世界で精一杯生きる命。短い命ではあるが、それでも精一杯育てて見ようか。

水槽ならどこかの店にあるだろう。それを借りればいい。

ならば帰りに水草と餌を買って帰ろう。

上手く育てば、ひのやの店先に置こう。

昔自分がそうだったみたいに、晴太は金魚を楽しそうに眺めてくれるだろうか。



色々考えると、なんだか、急に心が弾んできた。

今度は、もっと大事に育ててあげよう。晴太と、日輪と三人で。

どんな世界でも、 一緒に強く生きようぞ。



ビニール袋を軽くつつくと、月詠は金魚に向かって話しかけた。

「ならば負けられぬ。無事成長して、立派な『鯉』になるのじゃぞ。」



そう言った瞬間、銀八と新八がぶっと大きく吹き出した。

きょとんとする月詠と神楽を尻目に、ふたりが腹を抱えて笑い出す。

「つ・・・月詠さん今のボケですよね、単なるボケですよね。」

「え・・?わっちは今、何か変な事言ったか?」

「て・・・天然かよおおおおお!お前そんな事信じてんのかあああ!!??」

「え?銀ちゃん違うアルか?金魚って大きくなったら鯉になるんじゃないのか?」

「な・・なんだ神楽と同レベルって・・・・お前、何でも知ってる顔して・・・さ・・・。」

目尻に浮かんだ涙を吹きながら、ヒーヒーっと銀時が苦しそうに笑う。



「あのな、金魚ってのは鮒(フナ)の仲間なんだよ。鯉とは違う生き物なの。」

「・・・え?」

「成長してもデケェ金魚になるだけで鯉になんてなんねぇの。」

「・・・知らなかった・・・。」

呟くと、月詠の顔がボン!と赤くなった。あまりの羞恥に顔中が真っ赤に染まる。

「ほ・本当にすまぬ・・・。わっちは阿呆じゃな・・・いい年して恥ずかしい・・・。」

消え入りそうな月詠の声に、新八が両手をパチンと合わせた。謝罪のポーズはとっているが、それでも笑いをこらえるようにかすかに顔が震えている。

「す・・・すいません、月詠さん笑ったりして・・・あんまり意外だったんで・・・つい。」

「い、いいのじゃ。わっちが阿呆なだけじゃ。」

「そんな事ありませんって。月詠さんすごく賢いイメージがあるんで、ホント意外だったんですよ。」

「・・・。」

「いやーでも仕方無いですよ、ほら吉原に自然って無いですし生き物と接する機会も少なかったでしょうしね。
それにほらちょっと位知らない事があったって不思議じゃないですよ人間なんですから。その代わりに月詠さん僕たちの知らない事沢山知ってるじゃないですかだから気にすること・・・。」

「私も知らなかったから気にする事無いネ!!」

「お前と同レベルってのが一番ショックなんじゃあああああ!!!・・・っていやホント月詠さんが神楽ちゃんと同レベルって訳じゃないですよホント金魚だけの話で。」

「オイ新八何だその上から目線は。」

「頼むから神楽ちゃんは今黙っててえええええ!!!」

「・・・。」

気がつくと月詠は完全に下を向いていた。負のオーラが辺りを包んでいる。

すっかり落ち込んでしまった月詠に困ってしまい、新八は銀時の方を見た。しかし銀時はいまだ笑い転げている。

―空気読め、このKY天パ―

あまりのデリカシーの中に新八のこめかみに青筋が立つ。役に立たない雇い主を背に隠すと、どうにかフォローしよう言葉を考えた。


「ね、銀さん。なんて言うんですかねぇ。こういうのギャップ萌えって言うんですか?
しっかりした人がたまーにこう言う所見せるの、ねね、銀さん。」

いい加減お前も手伝え。無言の圧力が通じたのか、銀時がようやく笑いを収めて顔をあげた。



「あー確かに、今のボケはちょっと可愛いよな。」

「・・・・!!!!!!!」


銀時の言葉に月詠が顔をあげる。真っ赤な顔で、驚いた顔をして。

その時、新八は見た。同時に、銀時が「しまった。」と言う顔をしているのを。



二人の間に微妙な空気が流れる。

何か言おうと二人の口が開いた。



「あーーのーーー。」

「だ・・・誰が。」



先に動いたのは月詠の方だった。手を伸ばし銀時の襟首を、ぐい、と掴む。


「可愛いじゃ人をからかうのもいい加減にしなさんしいいいいいい!!!!!!!」

「う・・・わあああああ!!」


叫ぶなり月詠は銀時をそのまま壁へと投げ飛ばした。ごん、と鈍い音がして銀時が頭から壁に激突する。

どすん、と壁からずり落ち白目をむいている銀時をちらりと見ると、月詠はふん、と顔をそらした。



「と・・とりあえず新八、神楽、今日はこれで失礼する!金魚ありがたく受け取っておく今度晴太に礼をさせるからな!!」


バタバタと足音をさせ月詠が部屋を出て行った、ガシャン、と玄関の閉まる音がする。

しーん、と静まり返った部屋には、新八と神楽だけが立っていた。二人がゆっくりと振り向くと壁に出来た大きな穴と床の上でぐったり気絶している銀時。



「・・・前半はちょっと深イイ話だったのに・・・ね。ちょっと本音言っちゃったらこれだもんなぁ・・・。どーすんだよ、あの二人」

「バカップルに付き合うだけ時間の損、という奴ネ。ほっとくアル。」



やれやれ、ふたりが両手を上げ首を振る。ぴしゃん、と水槽の金魚がはねた。












◎某T吉さんが「金魚の水槽上から見ていたら、吉原ってこんな感じかなと思う」てな感じの事を呟いていたので、思いついたネタ。

◎銀月が付き合う前の微妙な距離感の時期だったりすると楽しい。
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