長編1

□冷たい月
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お前はやはり月だ。

冷たい月だ。

抱いても冷たいまま。

本当の姿を見せる事も無い。

まあ、良い。

その体を抱くのも、たまには良いものだ。

お前はそれで良い。

太陽の陰で、太陽の為に働き、その冷たい姿を輝かせるのだ。




あの男は言った。

あの男が自分を抱いたのは、ただの戯れ。

太陽を手に出来ない男が、
その側に佇む月をつかんでみただけ。



遊女から脱落したとは言え、
元々体を売る為に吉原へ来た自分には、
貞操観念などと言うものは抜けていた。


操を立てる相手もおらぬし、
一応主であるあの男の機嫌を損ねるよりは、
そこそこ言う事を聞いておいた方が楽だと思っただけだった。


むしろ、遊女としての修行を途中で放棄し、
床の技など対してもっていない自分を抱いて
何が楽しいのか、不思議なくらいであった。


周りに関係を話さぬことを条件に、
自分は鳳仙の戯れの相手となった。



特に何をするわけでもない。
ただ、されるがままの自分の何が気に入ったのか、時々鳳仙は自分を呼びつけ、相手をさせた。

痛みも不快も感じない。
逆に歓びも感じない。
その間だけ、自分はただの人形であった。
そんな自分を、何故か鳳仙は気に入ったらしい。



愛妾と呼ぶほどの関係ではない。
ただの暇つぶし。



あの男が死んで、自由を手に入れた喜びはあっても、日輪のように哀れむ気持ちも無い。
心も痛まないし、後悔もしていない。
ただの事実の一つとして、
そこにあるはずだった。


そのはずだった。


銀色の髪をした、あの男に惹かれるまでは。
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