□高乃様よりフリーSS
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【それはシュークリームのように】


「…はッくしょん!」

 冬が大分近付いて来たせいか、最近はめっきりと寒くなってきた。

 外は今にも降り出してきそうなどんよりとした曇天。こう寒くなってくると、人は自然と温もりを求めるものである。

 万事屋の従業員である志村新八は、その万事屋の応接間で一人、大きなくしゃみをしながら、その温もりたるものをぼんやりと思い浮かべていた。

 手に持つのはポータブルCDプレイヤー。だけど其処から流れる寺門通の曲はとっくに終わってしまっており、更に言うなら左耳のイヤホンは半分程抜け落ちていた。だけと新八は、そんな事にも気付かずにただただあの時を思い出す。あの温もりを与えてくれた、特別なあの子の事を。



 数ヶ月前、万事屋の面々は江戸の守護者たる陰陽師達の争いに巻き込まれた。TVでの人気者、結野アナを巡って、元旦那と兄がこの世と思えぬ壮絶な戦いを繰り広げたのである。

 その中で、ひょんな事から新八にあるハプニングが起こる。可憐な少女パンデモニウムとの、甘酸っぱいキス。

 ただちょっとだけ、その唇同士が当たっただけだと言うのに、あの柔らかさと温かさ、それに胸に溢れたときめきは今になっても忘れていない。

 見た目はちょっと…な、ある意味特殊な女の子だが、心は純情可憐そのものな子だった。あの一瞬、確かに新八は彼女と恋に落ちた。直ぐにその恋は破れてしまったけれど。

「…ッくしょん!」

 あれから時間も経ち、毎日のハチャメチャな騒がしさに翻弄されているうちに、気持ちもだいぶ落ち着いてきた。けれど、ふとした時にこうして、あの口付けを思い出してしまう。そして、同時に得も言われぬ寂しさを感じてしまうのだ。



 ピンポーン。

 幾らか鼻を啜りながら、ぼんやりと妄想を繰り広げていると、その妄想をそっと破るように呼び鈴がなった。

「はーい」

 返事をしながら新八は、イヤホンを外して直ぐに玄関に向かう。仕事の依頼人だろうか。ここ最近、ロクな仕事しか舞い込んで来ない為に、金銭的にも少々困っていたところだったのだ。

 オーナーの銀時は不在だけれど、話を聞くくらいなら自分にでも何とかなる。どうか家賃を取り立てに来たお登勢さんじゃありませんように…!

 ガラリとガラス戸を開けたその先に立っていた人物に、新八は目を丸くした。

「久しぶりじゃの、新八」

「月詠さん!」

 すらりとした長身の美女が、ほんの僅かに微笑みを浮かべていた。
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