銀月(前)
□裏切りは私の名前を知っている
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「月詠の事一番好きなのは俺だから」
金時はいつもそう言う。
「わっちが良いなどと言う物好きはぬしくらいじゃ。」
そう言うと、そんな事ねぇよ、と金時は笑う。
不思議な男だ。人気ホストだけあって、顔は良い。話も上手い。女の扱いも上手い。女なんて選り取りみどりだろうに、何故わざわざ自分のような女を選んでくれたのだろう。
顔。
金時の顔。
顔を見ると、時々思う。あの人が生きていれば、同じ顔なのだろうか、と。
昔もそうだった。同じ顔、同じ声。唯一違うのは目の開き方と髪の色だけ。
「なんだお前、俺達と遊びたいのか?」
あの日。一人ぼっちだったあの日。自分に話しかけてくれた人。
ずっと公園の端から眺めていた自分に気付いてくれた人。
口が悪くて、でもいつも自分を助けてくれていた人。
でも、あの人はもういない。弟であるこの人が、そう言ったから。
「・・詠、月詠。」
声をかけられて、意識が戻った。
「何、お前失神してた?俺の・・・そんなに良かった?」
「・・そう言う訳では、無い。」
「まさか寝てたんだろうじゃねぇなぁ。」
少し笑いながら、金時が自分の顔をのぞきこんだ。その動きに合わせて体の中がうずく。自分の中に、まだこの男の一部がある事に気がついた。
顔をあげると、優しい顔で金時が微笑んでいた。額に流れる汗がぽとり、と自分の口元に落ちてきた。ぺろりと舐めると、かすかに塩味がする。
「金時・・・。」
こうして見ると、金時は昔とほとんど変わっていなかった。皮肉っぽく笑う口元も、それに反して優しい瞳も、変わっていない。
と、同時に、金時の顔に重なるようにもう一つの顔が浮かぶ。もっと白い、白髪に近い髪の色をした男。
あの人が生きていたら。どんな風に微笑むのだろうか。
一瞬考えが浮かんで、頭を振った。
自分は最低な女だ。恋人に抱かれながら、別の男の顔を思い浮かべるなんて。
「・・・どうした?」
伏せた顔に金時が顔を寄せて来た。その声が耳に響くと体中がうずく。
自分は一体、どうしたいのだろう。
一体誰に抱かれたいのだろう。
「・・・許して。」
知らず口から言葉が漏れた。それを聞いた金時は違う受け取り方をしたらしい。ニヤリ、と嬉しそうに笑う。
「何言ってんの。久々なんだから、一回で解放してあげる訳ねぇだろ。」
金時の唇が耳に触れ、頬に触れ、首筋に触れる。軽く触れる感触に体中が震えた。
「・・お前の事一番好きなのは、俺なんだから。」
甘い声と共に、温かい手が体をまさぐって来た。大きくて長い指。自分はその指が好きだ。
体中を快感がかけめぐる。
罪悪感に体中が包まれる。
手を伸ばすと、金時の頭を包み込み引き寄せた。ふわふわの癖毛。誰かと同じ柔らかな髪の毛。
「・・ごめ・・・。」
言いかけた時、乱暴に唇がふさがれる。そのまま激しい波に押し流されて、また、金時に言う事が出来なかった。
ごめんなさい、と。
終