銀月(前)
□水槽の街
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月詠が万事屋を訪ねると事務所に大きめの水槽が置いてあった。部屋に入って来た月詠を見て、水槽をのぞき込んでいた神楽が「こっち!」と手招きする。
「ほう、金魚か。」
水槽の中には色とりどりの金魚が10匹程泳いでいた。赤黄黒・・・華やかな色をした魚がふらふら泳ぐ姿は目にも鮮やかで涼しげだ。
「私が取ったアル!」
えっへんと誇らしげに神楽が胸を張る。お茶を持ってきた新八が、テーブルの上に湯呑みを置いたので、月詠は軽く会釈した。
「神楽ちゃん、一人で12匹取ったんですよ。お店の人が青くなってました。」
「ほう、それは凄いのう。」
「私も自分の才能にビックリネ!!」
「な~にが才能だよ、ったく面倒くせぇ。」
ソファの上に座っていた銀時が鼻をほじりながら言う。ぴん、と指を弾くと神楽の顔へ鼻くそが飛んで行った。
「何か水槽に入れねぇと、とか言い出すから知り合いの中古屋まで走って行かされたよ。ついでに金魚の飼い方の本とか貰ったんで中見たらこまめに掃除しろだ餌はこれだやら病気になるぞやら面等くせぇ事ばっか書いてやがる。」
「仕方無いネ。金魚はデリケートアル。」
「面倒だからやっぱ川に捨ててこい、川に。」
「ダメですよ銀さん、そしたら金魚すぐ死んじゃいますよ。」
「そうじゃな。もともと金魚は観賞用に改良された魚故、自然に放すのは難しいのじゃ。」
「知るかあああ!!俺ん家はこれ以上ペット飼う程経済的余裕ねぇんだよおお!!!」
何より面倒くせえええええ!と叫びつつ銀時がソファにそりかえる。それを見て月詠はくすり、と笑った。
水槽の中にはきちんと水草を置いているし水槽の隣には金魚の餌も置いてある。
何だかんだ言いつつ神楽の為に水槽まで買って来て、親バカだと思っていないのは自分だけだ。
「観念しなんし、銀時。」
月詠は身をかがめて金魚たちを横から眺めた。水槽をつんつん、とつつくと中の金魚が忙しそうに泳ぎ出す。
赤や黄色、ゆらゆら揺れる姿はいつ見ても美しい。
「わっちも幼い頃金魚を飼っておった事はある。協力はする故、可愛がってあげなんし。」
「あれ?吉原でも金魚飼ってたんですか?」
「飼ってたと言うより店の飾りのひとつじゃな。天が閉じておった頃の吉原には季節と言うものが無かった。
故に季節感が出るよう、春は桜、夏は金魚、秋は紅葉、冬は雪など雰囲気の出るものを店先に並べておったのじゃ。」
「へぇ・・・そうなんですか。」
「店の金魚を眺めておったら、世話をしておった店の者が親切に世話の仕方教えてくれたのじゃ。」
「ならツッキー、教えてアル!」
「良いぞ。じゃがな神楽、金魚は本当に弱い。すぐに死んでしまう事もあるからな。」
「そんなにデリケートアルか?」
「ああ、ある夏病気が流行ってな・・・飼っておった金魚が一晩で全滅した事がある。」
「全滅・・・アルか。」
「そうじゃ。夜何か変な斑点が出来ておるな、と思ってたのじゃがその日は確か忙しくてな・・・放っておいたら次の朝には全部腹出して浮いておった。」
「可哀そうアル。」
「そうじゃ、そう言う事も多い。」
「それじゃなくても、あんまり長生きしないですからね、金魚は。」
「そうじゃな・・・。」
月詠はあの時の金魚を思いだす。初めて自分一人で世話をしていた金魚だった。毎日毎日こまめに世話をして育てていたのに、ある朝全て水面に浮いて死んでいた。
哀しくて哀しくて、せめて土に埋めて墓を作ろうと思った。だが、吉原に墓地など無い。土もほとんどない。
どうしようか迷っているうちに、店の者に金魚達は捨てられ、生ゴミと一緒に燃やされた。そして店先の水槽にはその日のうちに新しい金魚が運ばれて来た。
店に来る客は、中の金魚が昨日と違っているとは気づかない。
店の遊女達も、金魚が入れ替わってる事にほとんどの者が気づかなかった。
どの金魚であろうが、ひらひら美しく舞えば、何でも良い。それが死のうが生きようが、替わりのものはいくらでもある。
「・・・まるで、吉原のようじゃのう・・・これは。」
「この金魚鉢がアルか?」
「そうじゃ。」
月詠は、じっと金魚たちを見つめる。
吉原の街はこの金魚の水槽のようだ。美しくひらひらと女達が舞う。だが、客が求めるのはその美しい姿だけ、大抵の客はそれが誰であろうと関係ない。
例え一時的に馴染みになったとしても・・・それはひとときの夢として片付けられる。
女が死んでも、替わりの女が来ればそれで片付く。ひとりふたり女が入れ替わっても、吉原の街は変わる事が無い。