その他
□それは図書室で
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月詠に彼氏ができたらしい。
総悟がそう言った時、高杉は開口一番
「物好きだな。」
とだけ、答えた。
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昼休みの屋上。特大の弁当箱を抱えていた神威が、それを聞いて顔をあげる。
「へぇ、俺そんなの聞いてないけど。」
「俺も最近知ったんだけどな。3年の坂田とどうやらチョコチョコ2人で会ってるらしい。」
「坂田ってあの天パ?へぇ、意外。月詠、ああいうチャランポランなタイプ嫌うと思ってたのに。」
「いつもは適当だけどな。結構頼りがいがあるって、年下には人気でさぁ。」
「ふぅん。でもショック〜俺たちに内緒で付き合うなんて。」
「別に内緒にしてた訳じゃねぇだろ。単にアイツと最近つるんでねぇだけじゃねぇか。」
「でもさぁ、幼馴染なのにね。ねぇ、高杉。」
いきなり話を振られ、高杉はジロリと神威を睨んだ。
素知らぬ顔で神威が再び弁当箱を抱える。
実はその話は知っていた。
以前、男と歩いている姿を見た事があるから。
帰宅部である自分たちと、空手部の月詠は帰る時間が違う。
だが、ある日用事で居残っていた高杉は、門へ向かう月詠を見かけた。
声をかけようとした時、門の所から男が出て来た。
親しげに月詠に話しかける。
いつものアイツなら、冷たい態度で男から逃げただろう。
今まで何人もの男をそうやって振ってきた。
だが、その時は違った。
嬉しそうに笑って、そいつの隣に並んで歩いた。
「で、その2人は何処までいったの?」
「それは何だい?AとかBとかCとか?」
「勿論。」
「俺が知るかよ。自分で聞きやがれ。」
「ちぇっ。」
神威が舌打ちした時、ギィ、と扉が開く音がした。
「ぬし等、やはり此処であったか。」
月詠はいつもと同じ無愛想な顔で3人に近づく。先生が呼んでおった、と用件だけ告げるとそのまま帰ろうとした。
それを待って、と神威が呼びとめる。
「何じゃ?」
「月詠、彼氏とはキスくらいもうした?」
「・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!」
真っ赤になった月詠は口を押さえると、バカ者!と叫んでそのまま走り去って行った。
「・・・したかな、あれは。」
「してるようでさぁ。」
神威と沖田が顔を見合わせる。
「悪趣味な事は止めろ。」
苛立ちの含まれた高杉の言葉に、神威がニヤリと笑う。
「逃した魚は大きい、って顔しているよ。」
「意味がわからねぇ。」
「俺はちょっとしまった、って思ってるけどね。」
弁当箱をしまうと、神威はよいしょ、と立ち上がる。
パンの空き袋をポケットにねじ込みながら、沖田も立ち上がった。
「ま、今更言っても仕方ねぇでさ。」
2人が去って行くと、辺りが静まり返り、遠くで聞こえる女子達の笑い声だけが耳に届いた。
「・・・馬鹿馬鹿しい。」
ぐしゃり、と牛乳パックを握りつぶすと、高杉はそれを遠くに投げた。
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放課後。
図書室へ寄った高杉は、奥の机でうつ伏して寝ている人物を見つけた。
「・・・何してんだ。」
今日は部活は休みのはずだった。
その女が、そこにいた。
わざわざ居残っている理由はおそらくアレだろう。
今日は、3年だけ特別授業があるから。
3年のヤツを此処で待ってる間に寝ちまった、という事だろう。
そっと近づく。それでも月詠は起きない。
いつもきちんとしているコイツがこんな所で寝るのも珍しい話だが、大会が近くて練習が厳しいらしいから疲れているのかもしれない。
隣に立って、じっと見る。
傷の残る横顔が見えた。
幼い頃に負った傷。
気にしていないと言いつつ、こいつも女だから、たまには考えることもあったのだろう。
『なら俺とケッコンすりゃ良いじゃん』
ガキの頃神威が言った。
『ぬしだけはゴメンじゃ』
即答したアイツに、神威が酷いなぁ〜と笑った。
なら、誰ならいいの?との問いに月詠は少し考えた。
『晋助ならまぁ、考えぬ事もない』
俺の方から願い下げだ。そう言ったあの頃。
そう、コイツなんて、俺にとっては女とは言えない。
腐れ縁の、ただの幼馴染。
なのに。
横顔を見る。
コイツはいつの間に、こんなに女になっていたのだろう。
整った横顔の隣に、手をつく。
そっと顔を近づけるが、月詠は起きない。
『彼氏とはキスくらいもうした?』
この唇を、あの男は知ったのだろうか。
静まり返った図書室。
誰もいる気配は無い。
そっと顔を近づけると、長い睫がピクリと動いた。
「・・・・」
「馬鹿馬鹿しい。」
ケッと小さく吐き捨てると高杉は図書室を出て行った。
長い廊下を歩く。
口の中が妙に苦いのは、きっとさっき飲んだコーヒーのせいだ。
そう思う事にした。
終
高杉未遂事件(笑)ツッキーの唇は、銀ちゃん限定、ってのが我が家のルールなんで(笑)