その他
□Flowers
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最初にあの人を見た時は、「怖い人」だと思った。
鋭い目つきで皮肉めいた笑みを浮かべて。
いつもピリピリした空気を全身にまとっていて、まるで研ぎ澄まされた刀みたいで。
あの人は、私よりもずっと年上で、その時既に町の中でも一目置かれる存在だった。
そんなあの人に目をつけた父が、一人娘である私との縁談を彼に持ちかけたらしい。
何でこんな人とお見合いしなくちゃいけないんだろう。
あの人の肩を叩いて楽しそうに笑う父を見ながら、私は小さくため息をついた。
せっかく綺麗に着飾ったのに、あの人はこちらを見ようともしない。
父や他の男衆とアガリがどうだとか、他所の組がどうだとか、そんな話ばっかりしていて、私はふてくされて目の前にある料理を黙ってつまんでいた。
「じゃ、後は若いモンで話しいや。」
父達が出て行った後、私はあの人と二人きりにされた。
そんな事言われても、何話していいのか分からなくて、ずっと黙っていた。
あの人も何も話す事など無いのだろう。黙ったまま、黙々と目の前の料理を食べている。
私は皆が話をしている間にあらかた食べてしまっていて、何もする事もなくぼんやりとしていた。
「お前さん、それ、嫌いなのかい?」
あの人が、箸で私の膳を指す。お行儀が悪い、と思いつつも指し示す先を見ると、そこには私の嫌いな酢味噌和えが手付かずに残っていた。
「・・・。」
いい年して好き嫌いなんて呆れただろうか。
そう思いつつも黙ってうなずくと、あの人は何も言わずひょい、と皿を取り上げた。
「なら、オイラが食うぜ。勿体ねぇ。」
一口でそれを口の中に放り込む。
呆気にとられた私に向かって、あの人はニヤリ、と笑った。
「ま、人間苦手なモンの一つや二つ、あって当然だぜ。他にも何か嫌いなモンってあるか?」
「・・・はあ、カキとかも、苦手です。」
「ああ、ありゃオイラも苦手だ。特に熟し過ぎてドロドロになった奴なんて、気持ち悪くて食えやしねぇ。わざわざ木にぶら下げて熟すの待つ奴もいるらしいが、そんな奴の気がしれねぇなぁ。」
「・・・あの、私が言っているのは、果物じゃなくて、その、海の、牡蠣です。」
「・・・。」
おずおずと私が言うと、あの人は一瞬きょとん、とした後、顔を手で覆ってうわ、と呟いた。
浅黒い肌で目立たないが、ほんのり頬が赤く染まっている。
「早とちり、しちまったな。すまねぇなあ、馬鹿なトコ見せて。」
そう言って、あの人はまるでいたずらっ子みたいに、笑った。
この人、こんな顔して笑うんだ。
私はとても意外に思い、そして。
その時、私はあの人を好きになった。
泥水次郎長、という人を。