記念物&企画物

□HANABI
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花火が始まるまであと5分。月詠が駆け足で階段をのぼる。屋上へのドアを開けると、一人の男の後姿が見えた。


「よお。」


アイスをくわえたまま、銀時が手をあげる。


「来るとは思わなかったぜ。」

「これを見ないと、落ち着かぬ。」


月詠の答えに銀時はそうか、と笑った。


「もうすぐ、始まる。」


ビルの隙間から花火大会を眺める。それは毎年の約束。今年で十五回目だ。

それは昔の話。彼女は両親を事故で亡くし、叔父夫婦に引き取られた月詠は花火大会のある日、一人で家を出た。

叔父夫婦は優しく、月詠を大事にしてくれる。だが、両親を亡くした喪失感と新しい環境になじめない疎外感が、彼女を孤独にしていた。

家を出たとは言え、行く所もない。ふらりと目の前にあった雑居ビルに入る。屋上へのドアを開けると、そこには先客がいた。

振り向いたその顔を見て、月詠はそれが先日紹介された、近所に住む年上の少年だと気がついた。


「何だよ、お前も花火見に来たの?」


知ってる奴、俺しかいねぇと思ったのに。そう言いながらも少年は、「飲む?」と手に持っていたラムネの瓶を月詠に差し出した。

その日、二人で花火を見た。花火を見ながら、月詠は泣いていた。少年は何も言わず隣に立っていた。

彼の家は町の居酒屋で、近所のおじさん達が月詠の話をしているのを聞いていたから、何故彼女が泣いているか彼には分かっていた。
花火が終わると、少年が言った。


「これからは、俺がお前を護ってやるから。」


泣きながら月詠は頷いた。

それ以来。毎年、花火大会の日はこの屋上に来て二人で花火を眺めている。

ドーン、と音が鳴り、夜空に美しい花が咲き始めた。銀時と月詠はフェンスに寄りかかり、じっとそれを見つめる。

アイスを食べ終わった銀時が、手に持っていたコンビニの袋からいちご牛乳を取り出し、飲み始めた。


「今日、旦那は?」


薦められたいちご牛乳を断ると、月詠は煙草に火をつける。


「まだ籍を入れておらぬのだから、旦那ではない。あの人は仕事。」


ポーン、と小さな花火があがる。


「・・・多分、来年からは来られぬ。」


月詠の言葉に、銀時がそうか、と小さく呟いた。

今度の秋。月詠は結婚する。
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