ハッピー文

□名は体をあらわすって言うけど現実の所全然逆な事も多い
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その日、月詠は魚屋の店先で今晩のおかずについて悩んでいた。


「坂田さん。」


後ろで誰かの声がする。だがそれを気にする事なく、月詠は自分の手持ちの金と自分の料理の腕を思い浮かべながら、魚をじっと睨みつけていた。


銀時と一応夫婦になったのはいいが、何分自分は料理が得意とまでは言えない。さすがに黒焦げにまではしないが、それなりに食べられる料理となると数が限られている。

吉原にいた頃は日輪が食事を作ってくれていたし、万事屋に移り住んでからも百華として動いていた頃は銀時が作ってくれる事が多かった。


故に少々作れる料理の種類が少なくても気にする事もなかったのだが、産休に入ってからは、ずっと家にいる。
なのでせめて今の間は料理くらい、と思ったのだがなにぶん経験値が低い。料理のレパートリーはすぐに底をついた。

3日連続で甘い鍋だったので、昨日はさすがに銀時の顔も引きつっていた。
今日辺り、違う料理にしなければいい加減自分の立場が無い。

つわりも治まったし、子供が産まれる前に少しは作れる料理の種類を増やさねば。


「坂田さんの、奥さん。」

悩んでいると、後ろに誰かの気配がした。反射的にばさっと振り返る。

「わっ!!!」

「・・・あ。」

後ろにいたのは、近所に住む女性だった。名前はまだ覚えていないが、何度か挨拶をした覚えがある。50歳くらいだろうか、恰幅がよくいつもニコニコ笑っている印象がある。

「ああビックリした、急に怖い顔をして振り向くんだから。」

「・・すまぬ。」

後ろに人が立つと身構える癖はいまだ抜けていない。いや、下手に抜けると百華に復帰した時に困るから止めようと思わないのだ。
とは言え、こういう普段の生活でこんなに殺気立つのもどうだろうか。

自分の至らなさに密かに月詠は落ち込んだ。だが女性は気にする様子もなく、いつものようにニコニコ笑っている。

「さっきから坂田さんって呼んでるのに、全然気づいてくれないんだもの。何をそんなに一生懸命考え事してるんだい?」

「あ・・・いや、その。」

考え事をしていたのは事実だ。だが、返事をしなかったのはそのせいではない。声はちゃんと聞こえていたのだから。

返事をしなかったのは、自分が呼ばれているのだと、全く思わなかったからで、ある。
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