3Z&パラレル

□月明かりの晩に
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はぁはぁ、と少年の息づかいが聞こえる。



ガタン、と木箱をどけると、その奥に少年が怯えた顔をしてうずくまっていた。

「ご・・・ごめんなさい。もう・・逃げないから。」

吉原を逃げ出した男は、全て百華によって処刑される。それは例え売られてきたばかりの子供であっても例外では無い。

それを知っている少年はぶるぶる震えながら、その身を縮ませた。



月詠が一歩踏み出す。ヒッと声をあげ、少年が頭を抱えた。

それには構わず月詠が先ほどどけた木箱をガタン、と起こす。その蓋を開けると中を覗き込んだ。

中はボロボロの布切れの山。それを確認すると、月詠は少年に向き直った。



「入りなんし。」

「え?」

「さっさと入りなんし。明朝、出入りの業者にこれを運ばせる。それに乗ったら、此処を出られよう。」

「・・・。」

「じゃが、わっちが出来るのはそこまでじゃ。外の店についたら、ぬしはそこから追い出される。一人で帰る事は出来るか?家に帰ってぬしの居場所はあるのか?家に帰らず、一人で生きる事は出来るのか?」

「・・・。」

「此処を抜けるのは出来る。じゃが、この男が珍しいご時勢。童が一人で歩いておったらすぐにつかまって売り飛ばされるじゃろう。」

「・・・。」

「ぬしの気持ちも分からぬではないが、此処は帰る宛の無い者が来る場所じゃ。諦めなんし。」

「で・・・でも、俺、宿から逃げたから・・帰ったら何されるか・・・。」



「俺ンとこいた、って事にしたら良いじゃん。」

後ろから声がする。月詠が振り向くと、そこには月の光を浴びて銀色に光る男の姿。

闇の中で光る赤い瞳に、白を基調とした着物をだらしなく纏っているその男は、や、と手を挙げるとニヤリと笑った。

「コイツ俺と同じ宿のガキなんだ。俺が気に入って一晩傍に置いてた、って事にしてワビ入れるから、ちょっと見逃してくんね?」

「で・・でも。」



不安そうな表情を浮かべる少年に、銀時が笑いかける。

「だいじょーぶ。あのババァ顔はスゲー化けモンみたいに怖ぇけど、筋通しゃ悪いようにしねぇから。」

「う・・・うん。」

銀髪の男は懐から紙を取り出すと、何やら書き付けた。それを少年に渡した。



「これ、ババァに渡しとけ。後で俺がワビ入れに行くから、な。」

「・・うん。」

「今度逃げる時は、ちゃんと先の計画立ててするんだぞ。」

「・・うん。」

少年は脱兎の如く駆けていく。それを見送った男は、少年の姿が見えなくなると月詠の方へ向き直った。



「百華の奴が逃亡者見逃すの、初めて見たぜ。」

「・・・あれは子供じゃ。逃げても行き場が無くて帰ってくるだけの事。殺すほどのものでも無い。」

「前の奴は、違ってたけどな。」

「気にするな。愛人と逃げ出すような男がおれば、すぐに斬り捨てる故。」

「・・・ふうん。」

男がニヤニヤと笑う。その笑みがどうも勘に触って、月詠は眉をひそめた。



月詠が吉原に来てから数ヶ月が経つ。

この男の事は知っていた。吉原の遊男の一人、坂田銀時。

やる気のなさそうな風貌をしてはいるが、その人好きのする笑顔と人情に厚い性格故かこの吉原でも人気の男として有名だった。

もともと男に興味の無い月詠は、どんなに人気の遊男を見ても心を動かされる事は無い。

その性格ゆえ、百華の頭に立てたと言っても過言ではなかった。



だが、何故だろう。この男だけは、いつも癪に障る。

ふん、と煙管をくわえると月詠は他所を向いた。



「此処逃げ出してのたれ死ぬのと、此処で飼い殺しにされんの、どっちが幸せかねぇ・・・。」

銀時が歌うように呟く。



「あのような童、まだ此処におる方がマシというものじゃろう。生きていればこそ、出来る事もある。」

「あ、アンタ俺と意見一致したね。俺も死んだら終わりだと思ってるから。例えどんなに汚くなってもさ、死んじまったら全部終わりだろ?」

銀時の声に、月詠は向き直った。



吉原。そこで売られる男達は皆、地獄の中に生きている。それを月詠は知っている。

なのに何故だろう。この男は。この男だけは。まるで陽の光を浴びているかのように、いつも輝いて見える。

やる気の無い顔の奥。赤い瞳の奥に見える輝き。

銀時がふい、とこちらを向いた。顔を見つけていた事を知られるのが嫌で、月詠は慌てて煙管を口にする。



「ぬし程の売れっ子なら、嫌な客を相手にする必要も無いし、気に入った女を選び放題じゃろうが。それならば生きるのも楽しかろう。さっさと宿に戻りなんし。」

「あーーー。そうだね、またババァに怒られる。」

「良家の子女やら、若い未亡人やら、美女が何人も言い寄っておるそうではないか。」

「あーー、ま、一応仕事なんで・・・。」

「わっちなんぞより、もっと美しいおなごばかりじゃ。わっちなんぞと話しておる暇があったら、さっさとそちらへ行きなんし。」



言ってしまってから、しまった最後の言葉はまるで僻みだ、と月詠は思った。

思わず顔の傷を触る。大きな傷。

女を捨てた自分にとって、それは別段気にするものでは無い。

だが、何故だろう。今日はやけに、それが気に触る。



「そんな事ねぇよ。」

「え?」

「オメーが色んな奴見逃してる事、俺は知ってる。」

「ぬし・・それを何処で・・!」



本来なら斬るべき吉原からの逃亡者。

だが、重病の家族を見舞いに家へ戻ろうとする者や、また年若い者などを月詠は時にこっそりと逃がす事があった。

それは誰にも知られていないはずであったのだが・・・。



思わず身を堅くする月詠をよそに、ふ、と笑うと銀時は白い衣をふわりとはためかせ、踵を返した。



「オメーは、そのまんまでも、スゲー綺麗だよ。」

「・・・!!」



じゃあな、と手を挙げると、銀時は人気の無い通りを歩いていく。





「・・・痴れ者が。」



一人立ち尽くす月詠は、そっと再び顔の傷を撫でた。







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