3Z&パラレル
□月を求めて
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「銀時、時間だよいい加減に起きな。」
襖を開けざまそう叫んだお登勢は、ズカズカと部屋に入るとその中心に敷かれている布団に近づいた。
丸く膨らんだその掛け布団を思い切りはぎとる。
そこには銀髪の男が丸まって横たわっていた。
涎を垂らして気のぬけた寝顔を見て、ったく、とお登勢が舌打ちをする。
「・・ったくこれの何処が白夜叉太夫だよ。世の女達の目を疑うね。」
一応宿の主人である事を棚に上げて毒づくと、お登勢は寝そべる男に軽く蹴りを入れた。
うるせぇなぁ、と声をあげ、惰眠を貪っていた銀時が唸りながら薄目を開けと、寝転んだままお登勢のほうへ顔を向けた。
「んぁ・・・んだよ、ババァ。起き抜けに化けモンみてぇな顔見せんじゃねぇよ。美容に悪いじゃねぇか。」
「バカ言ってんじゃないよ。あんたがこの店来てから自分の身の回りに気使ってる所なんて、アタシは一度も見た事ないよ。ほら、時間だよ、さっさと支度しな。」
「ふぁぁ・・・ダメ、俺今日生理痛。」
「ふざけんじゃないよ!!」
再び布団をかぶろうとした銀時を、思い切りお登勢が蹴飛ばした。
部屋の隅まで蹴飛ばされ、銀時が痛ぇ!と叫ぶ。
「何すんだよ!顔に傷ついたらどーすんだ!?大事な商売道具だろうが、あ?」
「そんなに威張り散らすなら、真面目に仕事しな。・・・今日は例の客だよ。あの客ならお前も文句無いだろうが。」
「・・あーーーー・・・」
「ホラ、さっさと飾り付けて少しはマシな顔にするんだよ。」
「・・・客んとこ行く度に吉原道中すんの、もうやめようぜ〜あれ、面倒くせぇし。」
「バカ言ってんじゃないよ、それも太夫の仕事だろうが。お前の阿呆面でも拝みたいって客が待ってんだよ。」
ふん、と鼻を鳴らすと、お登勢が出て行った。それと入れ替わりに、晴太が部屋に入って来る。
銀時の身の回りの世話を任されているこの少年は、まだ寝ぼけ眼の銀時の身支度をてきぱきとこなして行った。
「銀さん、顔シャキッとさせないとダメだよ。そんな顔じゃ百年の恋も冷めちまう。」
「うるせー、銀さんの最強スマイルはここ一番まで取っておくんだよ。」
「・・・いっつも思うけど、外にいるお客さん達は普段の銀さんがこんなにだらしないなんて思ってないんだろうねぇ・・・。」
晴太がはぁ、とため息をついた。
吉原でもトップクラスの人気を誇り、白夜叉太夫と評される銀時。
優しい笑顔と端正な顔立ち、そして逞しい肉体は吉原を訪れる多くの客達の憧れであった。
「あの銀様の瞳に見つめられてみたい。」と客が騒いでいるのを、晴太も聞いた事がある。
だがしかし、普段の銀時は客達の前とは違い、まるでやる気の無い男だった。
暇さえあればダラダラ寝転がり、客の前ではキリリとする眼差しも、今は死んだ魚のようだ。
外での銀時の顔と普段の銀時の顔でかなりのギャップがある事に、晴太も最初は驚いた。
だが、普段の銀時はやる気が無い代わりに、とても気さくな人柄と親しみやすさに溢れ、こちらの銀時の方が晴太は好きだった。
だが、それはあくまで裏の顔。
店に出る時の銀時はあくまで「白夜叉太夫」で。
銀時の素顔は、宿の主人であるお登勢など、身近な数人しか知らなかった。
晴太の説得にもあくびで応える銀時の姿に、やれやれ、と少年は諦めの息を吐いた。
「ま、外出たらちゃんとしてよ。」
「はぁぁ、サボりてぇ。」
「・・・・・銀さん、最近客断ってばかりなんだろ?ちゃんと仕事しないと、本当に追い出されるよ。」
「・・・。」
「お登勢さんだから許してくれるだけで、他所じゃそう行かないって・・・オイラ聞いたけど。なら・・・。」
「大丈夫だって、今日はちゃんとお仕事しますって。」
「・・・うん。」
会話を遮るように声をあげると、晴太はそそくさと部屋を出る。
ぱたん、と襖が閉められる。
あんな子供にまで気を使わせてしまった自分に、銀時は舌打ちした。
這うように壁際のたんすの所まで来ると、引き出しを開ける。そこには飾り気の無い煙管があった。
それをそっと取り出すと、銀時はぎゅ、と握り締めた。