□なまえのないこころ
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つきをあおぐ

とじたまぶた

ひかりをうけて

せつなのきみに

ぼくのすべてを

これは


「なまえのないこころ」




初めてその姿を見かけたのは、月の綺麗な夜だった。


風紀委員会の仕事を終え、一通り町内を見回って群れる草食動物達を咬み殺し、今日も並盛は平和だったと腕時計を見れば時刻は22時45分。

「ちょっと遅くなったね。」

愛車のキーを取り出しながらひとりごちてみたものの、人気無く静まり返る公園では答える言葉も無く。

―良い夜だ。

静寂に満足してイグニッションを回そうとしたその時、公園の入口から走りこんでくる人影が見えた。


―ワオ。こんな時間に良い度胸だね。


黒のスウェットに黒のパーカーを着込み、フードを目深にしたその影は、入口正面の水飲み場で立ち止まると大きく息を吐いた。

だいぶ走り込んで来たのかリズミカルに繰り返される呼吸はやや上がり気味で、何より街灯に照らされたスウェットは汗を吸って重そうに見えた。


―運動部員の自主トレーニング?

華奢に見える影は自分より年上には見えない。
背格好で言えばおそらく自分と同年代だろう。


―その向上心には感心するけど。

―時間的には感心出来ないかな。


本日最後の風紀取り締まりとばかりに愛車から降りた雲雀は、未だ呼吸を整えている影へと足をむけた。

「ねぇ君…「あ゙ー…」」

雲雀が声をかけた同じタイミングで、呼吸を整えていた影も身を起した。

「あちぃっ!!」

同時にひときわ大きく叫んで、勢い良く外されたフードから銀色の光が舞い散った。

―ワオ。

月の光を受けて柔らかに輝く銀糸。
振り向いて見開かれた瞳は碧。
思わず息を止めて立ち止まる。

―夢みたいな色だね


目的も忘れて束の間呆然としていた雲雀と、人の気配に驚いた銀色がやはり呆然と見つめ合うこと数秒…

「ひ…雲雀?」

先に立ち直ったのは銀色で、バツの悪そうに雲雀の名を呼んだ。

「…獄寺隼人。」

目を奪われていた事はおくびにもださず、良く見知った銀色の名を呼ぶ。

「…何だよ。」

とたんに夢のような一時は霧散して、馴染みのある警戒感と敵意が向けられる。

―もったいないな。

名前を呼んだ途端に刻まれた眉間のシワを残念に思いながら、しげしげと獄寺を見つめていると、今度はぷいっと視線をそらされてしまった。

「獄寺隼人。」
「だから何だよ!」

もう一度呼ぶと、苛立たしげにこちらを向く強い視線。


―いいね。
―弱い草食動物の癖に。
―そういう強い目は嫌いじゃないよ。

少し嬉しくなって思わず笑みがこぼれた。
「もう遅いから、早く帰りなよ」

「…は?」

しかめ面をしたと思えば毒気の無い呆け顔を見せる獄寺に、雲雀の口角はますますあがる。

「夜道は危ないからね」

「…てめぇこそ。」

「口のききかたは気に食わないけど、今日は許すよ。」

じゃあ、と立ち去りかけた雲雀に、慌てて獄寺が叫んだ。
「秘密だからな!」

―秘密?

立ち止まって無言で振り返る。

「き…鍛えてるの!」
―あぁ。なるほどね

「誰にも言うなよ!」

―…可愛いね。

「約束だからな!」

―何でそんなに必死なのかはわからないけど、…面白い。

「わかったよ。」

「!?マジか!ありがとな!雲雀!」

驚いたように見開かれたと思ったら、次の瞬間嬉しそうに細められる碧。
くるくると変わる表情は、初めて目にするものばかりで。

「その代わり、明日応接室にきなよ」


背後で繰り広げられる盛大な文句にはもう耳も貸さず、今度こそ愛車のエンジンをかけた。

―何だろうね。これは。


瞼に焼き付いた銀色と碧。

―君に少し興味が湧いたよ。

本当は、少しどころではなかったけれど。

―この心に、まだ名前はつけない。


小さく灯った光の色は柔らかな銀。
嵐を孕んだ強い碧に彼を取り巻く炎は赤。


生まれて初めて覚える感情は悪くなく…

それは名前の無い心。

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