・・短編弐・・
□◆三つ巴◆
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知らぬは己ばかり、とは。
よく言ったもんだ。
「副長、一昨日の捕物の報告書です」
「あぁ、そこ置いておけ」
自分の部屋を訪れた山崎には目もくれずに土方は机にかじりついていた。
そこ、と言われた文机の横にはすでに大量の書類の束が積み上がっている。
地震が来たら確実に雪崩を起こすだろうし、もしそのタイミングに自分が居たら殴られるんだろうなぁなんて考えた。
暫し悩んだ挙げ句、山崎は書類の束の横に報告書をそっと寄り添わせた。
「副長、飯もろくに食わないで煙草ばっかり吸わんでください。ニコチンは栄養にならんのですよ」
土方の机に置いてある山盛りの吸殻を見て山崎が苦言する。
ごみ箱には煙草の空箱ばかりが目について、呆れを通り越してげんなりした。
「煩ぇな。煙草は仕事の邪魔にならねぇ、飯食ってる時間が勿体無ぇんだよ」
土方は書類から目を離す事も無く、面倒臭そうに返事を返した。
山崎は小さな溜め息を溢す。
「なんだってそんなに急いでいるんです?どの書類も月末が期限じゃないですか。まだ月初めだってのに……」
山崎は言いながら何かを思い出したように、あぁと小さく溢して首を縦に降った。
「今月副長連休あるんでしたね。そっか前日の夜から抜けるからその為にやってるんですね」
納得したように話す山崎の言葉に土方の肩がピクリと反応する。
その発言に漸く顔を上げた土方が山崎を睨みつけた。
「何勝手に決め付けてんだ。連休なんざ近藤さんに無理矢理決められたただの予定だ。仕事が入りゃんなもんすぐ返上すらァ」
「だから必死で仕事片付けてるんですよね?折角の連休だしちゃんと空けられるように旦那から前以て釘差されてんでしょ?」
さらっと言い放った山崎に土方は眉を寄せた。
「……なんでそこであの野郎が出て来る。あんな奴と会う理由なんざ俺には無ぇよ」
新しい煙草を口にくわえる土方の横顔を見て、山崎は聞こえない程度の溜め息を溢す。
「まぁ旦那の事だから副長が仕事だって言えば渋々でも了承するんでしょうが、たまにはゆっくりして欲しいと思ってるでしょうからね」
「だから何であの野郎の話になってんだ!人の話を聞けよ!切腹さすぞテメェ!」
「俺も後から旦那に文句言われたか無いんでなんとか副長の連休までに区切りつけられるよう手伝いますよ」
「俺の話を聞けェェ!!」
怒鳴る土方など構いもせず、山崎は書類の束を整理し始める。
本人は未だ隠せていると思っているらしい。
だが、自分は大分前から勘づいていた。
副長と旦那は恋仲らしい、と。
その関係に気付いた時に不思議と嫌悪感は無かった。
それは旦那が醸し出す計りきれない空気感からなのか、副長が丸くなるかもしれないという期待感からなのか。
どちらかというと、黙って見守ろう的な気分だった。
それは目に見えてイチャイチャしてるとかそういうのは無いが、まぁ恋仲だと聞いたら日頃の口喧嘩もただのじゃれ合いにしか見えなくなってるのもあるけれど。
時折見せる副長の穏やかな表情とか。
旦那が時折口にする副長を庇うような発言とか。
本人達は気付いてない僅かな無意識の中の変化みたいなのに気付いてしまっただけ。
気付く者は少ないだろう。
だが、誰にも気付かれていないだろうと思っている土方には言ってやりたくなる。
知らぬは己ばかり、と。
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