・・短編弐・・
□◆消えない◆
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消えない。
消えないんだ、ずっと。
なんでこんなに消えてくれないんだ。
苦しいから、痛いだけだから。
もう本当に、消えてくれ。
昨日の夜。
俺は間違いを犯した。
何度打ち消しても消えない感情に振り回されるのに辟易して、どうせなら何かで晴らしてしまおうかなんて考えて人目につかない屋台で呑み潰れていた。
酒が忘れさせてくれるはずも無く、核心を得ないグダ話を屋台の親父に溢した所で何の解決にもならなかった。
それでも何もしないよりはマシな気がして。
何かしていないと自分の何かが壊れてしまいそうで。
吐いても吐いても、呑み続けた。
「お客さん、もう止めなって。アンタ連れは居ないんかい」
呑んでは吐いてを繰り返し、それでも組み立て式の陳腐なカウンターにしがみついている俺を見て、親父が困り果てた声で問い掛けてくる。
連れなんか居るはずが無い。
まさか近藤さんにこんな姿は見せられない。
まさか総悟になんて見せられない。
山崎も原田だって。
だから俺には連れなんて。
「……何コイツ、汚ぇ酔い方してんなぁ」
そこに降ってきた声。
今この世で一番聞きたくない声で。
俺の頭の中で蛆虫のように湧いてきやがる存在の声。
「あぁ、銀さん助かった!この旦那知り合いかい?いやぁ酷ぇ呑みっぷりでな、介抱してやってくれねぇかい」
自分の頭上で親父とその男が会話を交わしている。
嫌な事に意識はハッキリしているから面倒な事この上無い。
「いやいや、知り合いって程じゃねぇし俺は今呑みに来たんだからね?なんでこんな自己管理出来ねぇような野郎介抱してやんなきゃなんねぇんだよ」
「いいじゃねぇか。ホラ、この前の銀さんのツケ分チャラにしてやるから」
「マジでか」
「あぁ、だから頼むよ。このまんまじゃ店も閉められねぇし、ほとほと参ってんだ」
頭上で勝手な会話が続いている。
金なら充分に払った。
金を払ってる客に言う台詞か、と突っ込みたいのに身体が動かない。
「しょうがねぇなぁ……クソ面倒臭ェ」
そう溢した後、自分の両肩に触れたアイツの手がやたらと熱くて。
身体は酒に溺れているのに脳だけが冴えた。
「重てぇなぁ……オラ、副長さんよ!テメェの足で歩け!」
カウンターから引きずり出されて肩を担がれる。
耳元に頬に優しくない言葉が浴びせられているのに、その体温だけは妙に温かかった。
――俺は、コイツに惚れてる。
認めたく無いそんな自分の醜い感情に気付いて、打ち消してそんなはずが無いと否定して。
なのに、その度に沸き上がる感情をどうにも出来なくなってこんな醜態を晒しているというのに。
なんで、お前が現れる。
なんで、お前が此処に居る。
その声を熱を。
なんで、俺に知らしめる。
消えてくれ。
頼むから。
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