・・金黒・・
□●愛シテ●2ndcontact
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午後の6時には夕飯の準備を始める。
どんなにマヨネーズをぶっかけられようと。
アイツに美味いと言わせる為に。
俺は燃えている。
−−……遅ぇなぁ……。
目の前にある固定電話の時計をじっと睨んでは、心の中で呟く。
煙草の煙と共に吐き出されるため息はもう何度目だろう。
デジタル時計は21時を表示している。
夕食の下ごしらえは7時前には終わっている。
今俺は、土方の帰るコールを待っているのだ。
「帰る前に電話入れて?そしたら夕飯作るからさ。」
朝、出勤前の土方に珈琲を入れながら金時は嬉しそうに言った。
どうせ作るなら出来立てが一番だし、折角食べてもらうなら美味いと言わせたい。
帰りの時間はバラバラらしいから、帰るコールを貰えた方が時間が計りやすいからだ。
金時の要望に、土方は微妙な顔をした。
「……面倒臭ぇな。飯なんかテキトーでいい。」
用意した砂糖にもミルクにも手をつけず、ブラックのまま珈琲を啜る土方に金時は顔を歪めた。
「ダーメ。家政婦やらせてもらう以上、美味いモンを美味い状態で食わせんのが努めだろ。たった一言、帰るよーって言えばいいだけなんだし、新婚さんみたいで可愛らしいじゃねーか♪」
「……その例えで更に萎えるわ。」
楽しそうな金時とは正反対に、冷たい空気を放つ土方からは不満の呟きが漏れる。
「実際、俺は部屋から出れねーからアンタが帰ってくる時に買い出しとかも頼むんだし必要だろ?」
朝食で使った皿を洗いながら、優しく諭すように話す。
朝食は土方から目玉焼きとオーダーが入った。
ベーコンをカリカリに焼いて、半熟にした目玉焼きを出すと土方は美味いと言って笑っていた。
やはり、要望されると俄然やる気になるものなのだ。
夕飯も美味いと言わせたい。
「……わかった。でも残業中は連絡出来ねぇから遅くなったら勝手に食えよ。」
馴れた手つきでネクタイを絞めていく土方は面倒臭そうに、でも渋々承諾の返事をした。
実際必要なやり取りだと土方自身もわかっているが、面倒臭いのも正直な所で。
だが、逆に気恥ずかしい気分が大部分を締めていた。
金時が出した例えそのもののような気がしていたからだ。
金時は嬉しそうに微笑む。
こんな笑顔を自分の母親もしていたのだろうか。
いつも無言で帰宅しては、用意してある冷たい飯を黙って食っていた。
それに不満は無かったし、無ければ無いで構わなかった。
『アンタ夕飯何食べたい?』
朝、家を出る自分の背中に母親がそう聞かなくなったのはいつ頃からだっただろう。
何時に帰るかも、朝の挨拶さえもいつからかしなくなった。
コイツを見て、母親を思い出すなんて。
昨日から、なんだかおかしな気分だ。
家族でもあるまいし。
「電車寝過ごすなよー。」
寝不足で怠そうに靴を履く土方の背中に金時は明るく声をかける。
部屋を出る前にもう一度、勝手な事をしないようにと釘をさそうと思っていた土方は、靴を履き終えると金時に振り返った。
そこにあるのは優しい微笑み。
一瞬、言葉を躊躇した。
「いってらっしゃい。」
土方が言葉を発する前に、金時の穏やかな声が玄関口に響いた。
『いってらっしゃい』
そんな言葉をかけられるのも酷く久しぶりで。
なんだか、むず痒い。
「……やめろ、きしょい。」
気まずい顔を俯かせて土方は低く唸る。
なんか変な気分になるから嫌だ。
家族でも無いのに。
「つれねーなぁ。いってきますのチュー位してもいいんだぜ?」
土方のぶすくされた表情に、金時は苦笑いしながら顔を近付ける。
土方の頬に、後数センチで唇が触れる位置だ。
「…っ、きしょいっつってんだろ!誰がやるかボケェ!!」
手に持っていた鞄で金時の左頬を思いっきり殴る。
してはいけないと思うのに、つい手が出てしまう。
そう仕向けているのはコイツだ。
また一つ、怪我が増える。
「いってー……、DVは程々にしてネご主人様。」
痛いといいつつも、何故か嬉しそうにおどける口ぶりの金時に、土方は睨む眼光を鋭くした。
ーー誰のせいだ、誰の。
本当に調子が狂う。
昨日から狂わされっぱなしで自分が自分じゃないみたいだ。
ムカつくのに追い出せない。
イラつくのに助けてやりたい。
もどかしいような曖昧に濁しておきたいような不可解な感覚。
それがこのダメホストのせいなんだと思うと。
どうしても手が出てしまう。
怪我を治して出て行かせようと思うのに。
毎日、自らの手で怪我を増やしてしまう。
引き留めたいなんて思っていないのに。
「……いってくる!」
これ以上会話を続けているとまた殴りそうで、土方はぶっきらぼうに唸ると玄関のドアを勢いよく開けた。
閉める寸前にまた金時が何か言っていたようだったが聞こえないフリでドアを強く施錠する。
『早く帰ってこいよ』
そんな感じだった気がする。
聞こえないフリをして正解だ。
その言葉もなんだかむず痒くて。
きっと、また殴ってたからだ。