・・金黒・・
□●愛シテ●Last-contact
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忘れよう。
もう、そうする事にした。
片付かない感情も混乱する思考も全部封印して。
忘れよう。
何も無かったかのように。
忘れよう。
「よぉトシ、おはようさん!」
「おぅ、近藤さん」
出社をしたらまず喫煙所。
それが土方の朝のいつものルートだ。
それを知っている近藤も、必ずここに最初に顔を出す。
日常、だ。
「昨日はいきなり出張で大変だったな、ご苦労さん」
「あのおっさんの気紛れはいつもの事だ。まぁ契約取れたからよかったけどよ」
「流石だなトシ。そういや企画書、山崎が手伝ってくれたらしいじゃねぇか」
「あぁ、アイツが居なきゃ投げ出してた所だな。近藤さん、アイツこっちの部署に戻せ無ぇかな?何かと使えんのによ」
喫煙所に併設されている自販機で飲み物を買いながら楽しそうに話す近藤の隣で土方は煙草の煙を吐き出しながら、笑う。
「そうなんだよなぁ、アイツ俺も欲しいと思ってんだけどなんだか顧客対応のが合ってるとかなんとかとっつぁんがさ……あれ?」
買ったお茶を一口飲んで、その缶をテーブルに置いた近藤が土方の手元に目を留めた。
「トシ、煙草変えたのか?」
近藤の何気無い問いに、土方の指がピクリと反応する。
土方の手元に置いてある煙草はいつものでは無い銘柄。
「……あぁ、なんか飽きた」
実際、煙草なんて吸えればなんでもいい位の緩さでこだわりなんか無かった。
ただいつでもどこでも売っているからそれにしていただけで。
だから別に、変える事に意味なんか無い。
「飽きたんならそのまま辞めちゃいなさいよ。本当体に毒だぜ、お前の量はとくにな」
そこそこ長い付き合いになってきた近藤は、自分がかなりのヘビースモーカーだという事を知っている。
体を気遣えなんて言葉は近藤にも散々言われてきた。
だから別に、その言葉に何かを思い出す必要は無い。
「辞められる気がしねぇな、これだけは」
「今に心筋梗塞で倒れるぞ、まったく。お前が居なくなったら泣いちゃうよ俺!」
近藤は本気で心配している。
でも、そんな事は無い。
「……居なくなったって、死ぬわけじゃねぇさ」
そうだ。
別にそこに居た誰かが居なくなったって、代わりはいくらでもいるし。
穴を埋めようと思えば、なんとかなっていくもの。
別に、そこに居た誰かが居なくなったからって。
俺は死にやしない。
涙は、流したかもしれないが。
きっと、どうにでもなる。
「屁理屈ばっか!可愛くねーぞトシ!」
「可愛かったら逆に寒いわ」
膨れっ面して抗議する近藤を宥めながら、土方は短くなった煙草を灰皿に投げた。
いつもより旨く感じないのは、きっと新しい煙草にまだ馴れていないからだ。
きっと、直に馴れる。
直ぐに、なんでもなくなる。
時折頭の中に浮かぶ姿はあるけれど、意識して消そうとすればなんとか消えてくれた。
時間が解決してくれる。
直ぐに、今までの自分に戻れるだろう。
――大丈夫、だ。
目まぐるしい日々の中で、アイツが傍に居た時間はどれくらいだったのかわからない。
ただ、一つだけ言える事は。
アイツが居た時、俺は何も変わらなかった。
だからアイツが去った今も、俺は何も変わらない。
変わったのは煙草の銘柄だけ。
別に辞めるわけでも無い。
よくある事だ。
別に大したことじゃない。
アイツが居たって居なくたって。
俺は何も変わらない。
――大丈夫だ。
きっと、何もかも忘れられる。
そして、まるでアイツと居た時間なんて夢だったかのように。
きっと、どうでもよくなる。
はず、だ。
だから俺は、もう忘れる。
思い出さない。
忘れてしまおう。
でなきゃ、おかしくなりそうだ。
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