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□□恋人ごっこ□ーDecemberーHalfB
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初めてアイツを知ったのは。
多分、あの日。
一年前の冬の頃。
雪なんか降るんじゃねぇかって位、うんざりするほどの寒さに舌打ちをしながら煙草の煙を吐き出していた時。
自分が居る2階の校舎裏の非常階段から格技場の中に居る剣道部らしき生徒が見えた。
暖房なんかきいていない道場は肩を竦めそうになる位の気温だろうに。
胴着と袴だけという姿でずっと素振りを続けていた。
たった一人。
もう部活動の下校時刻も過ぎているのに。
普段なら気にも留めない。
誰が何をしていようと関係無い。
教師という職業についていながらそれは無いだろうなんてヅラあたりには言われそうだが、そんな事は関係無い。
やりたい奴がやりゃいい。
気になる奴が言えばいい。
そういう点では俺は放任主義だ。
放任というかどうでもいい。
無関心。
それだけだ。
なのに、今日だけは違った。
何故なら不本意ながら、今日は施錠の見回り係なんてクソくだらねぇモンの担当の日だった。
うぜぇ事に自分とヅラの組み合わせ。
サボると口煩くてかなわねぇ。
アイツの説教を長々と聞く位なら、さっさと終わらせて帰るのがいい。
と、いっても今までずっと此処から格技場を眺めているだけだ。
いい加減、ヅラに気付かれるだろう。
ーーくだらねぇな……。
そう思いながら、吸いかけの煙草を階段のアスファルトに投げ捨てて歩き出す。
その足で投げた煙草を踏んでやろうかとも思ったが、安っぽい茶色のスリッパでは火だねを消すと同時に穴が空いてしまいそうだからなんとなく避けた。
スリッパを大切に、なんて思ってるわけじゃない。
違うモノに履き変えるのが鬱陶しいだけだ。
一応、身なりには気を配っている方だから穴の空いたショボいスリッパなんか履いていたくは、無い。
身なりの乱れた奴らはだいたいだらし無くてモテ無い奴らと相場が決まっている。
あんな奴らと同類になりたくないだけだ。
階段を降りきった所で、また格技場に視線を向ける。
格技場の小窓からは相変わらずの生徒が居て、ため息が漏れる。
ーーくだらねぇな……。
スポ根タイプの人間は見ていて吐き気がする。
基本運動部の輩とはソリ自体が合わない。
勿論、合わせる気も無い。
だから一人で居残り練習などしている熱血タイプには正直吐き気もするし、どうせ野太い声をした臭い汗を垂れ流した野郎に違いないのだ。
やりたくも無い事を。関わりたくない相手にする事ほど、苦痛なモノは無い。
それを自分にやらせるように仕向ける事が出来る、ヅラのしつこい説教はある意味無敵かもしれない。
そんな事を頭に浮かべながら、高杉はゆっくり格技場へと近付く。
重いガラスの引き戸を開くと、キイという金属が軋む音がした。
『土足厳禁』の貼紙など視界から排除して、そのままフローリングの床を進む。
素振りをする竹刀が空気を斬る音だけが響いていた。
無言のまま道場の入口まで歩き、中をチラリと見る。
そこにはいい意味で自分の想像を裏切った姿があった。
艶のある黒髪と、スラリとした姿勢が印象的な男。
見えている背中だけでもモテるタイプだろうとわかった。
イコール、吐き気のする部類ではなさそうだという事。
自分の視線に気付いた生徒は素振りをしていた手を止めて、ゆっくり振り返った。
綺麗な顔立ちのクセに鋭く見えた眼差しは、やっぱり運動部の男の情熱みたいなのも感じさせたがそれに反比例するような冷たさも湛えた目。
ガキにしてはいい顔している。
そう思えた位だ。