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□□恋人ごっこ□ーDecemberーHalfB
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ーーいいツラしてんじゃねぇか。
声をかけるのが一瞬、遅れた。
「見回りですか?」
振り返った生徒は胴着の袖で汗を拭いながらぼそっと問い掛けてきた。
ぶっきらぼうなのに、意外に通る声。
またもや吐き気のする部類では無い。
「わかってんなら帰れ。面倒臭ぇ事させんじゃねぇ。」
入口の壁に寄り掛かり、新しい煙草を口にくわえる。
火をつけた煙草からあがる煙と臭いが締めきった道場に広がっていく。
生徒はその言葉に顔色一つ変えずにゆっくり近付いて来た。
此処で煙草を吸うなとかいいそうな真面目タイプだろうか。
だとしたらやはり性に合わない部類に入る。
だが、自分に合う部類なんか存在するのだろうか。
真っすぐな目をした奴は嫌いじゃない。
でもスポ根熱血タイプは嫌いだ。
かといってだらけたやる気の無い不潔そうな人間は嫌いだ。
だが、どこかスレたような闇を湛えた暗い人間は嫌いじゃない。
そう整理すれば好きなタイプなど存在しないのだ。
特に、野郎なんかには。
自分の目の前まで歩いてきた生徒は少し距離を保って立ち止まった。
さっきより鮮明に見える姿形は汗をかいているのに不快さは無く、緩んだ胴着の結び目から覗く肌は艶があって綺麗に見えた。
ーーへぇ……。
ヘンな感覚が自分の中に芽生えた気がした。
ギャップルールなんてふざけたモンに嵌まるなんて死んでも御免被るが、それはまさに意外だった。
胴着と袴姿の男子生徒を。
一瞬、色っぽいと感じたのだ。
「すぐ帰ります。すいませんでした。」
煙草に文句を言うのかと思えば、目の前でそう言って深々と頭を下げた。
流石、剣道部ともいうべきか綺麗に腰から折られた敬礼は凜としていて深い紺色の姿は清潔感さえ感じられた。
ーーこりゃあすげぇな。
なんとも面白い野郎だ。
人を威嚇するような鋭い眼差しを持ちながら、自分の非は素直に認め頭を下げられる度量がある。
そのくせ胴着が染まる程に汗をかくような熱中ぶりながらもどこか冷めたような空気を持っている。
ーー面白ぇ野郎だな。
久しぶりに変わった人種に出会った。
それは嫌な部類では無く、寧ろ好きな部類に入る。
しかも、男子生徒に興味を持つ。
こんなに面白い事は無い。
「時期にうるせぇのが来るぜ。」
頭を下げたままの生徒に忠告を入れて煙草の煙を吐き出す。
そしてそのまま振り向いて出口へと向かった。
生徒は返事をするでも無く下げていた頭を漸く上げて自分の背中を見ているようだった。
「土足厳禁だろ、クソ教師。」
扉を締めるギリギリの所で、憎らしそうに唸る声が聞こえた。
その罵声が聞こえた瞬間。
口元がニヤリと歪んだ。
ーー益々、面白れぇ。
真面目なフリしてスレていて。
熱血なフリして冷めていて。
従順なフリして悪態をつく。
複雑な性格程、面白い。
そういう奴程、イジメたくなる。
本当の素顔を見たくなるのだ。
アイツ、気に入ったな。
それが、第一印象だ。
アイツは覚えてやしないだろうが。
その後にアイツに気付いたのは。
また同じ格技場。
だが、今回は違う。
やはり下校時刻の過ぎた暗がりの格技場から出てくる姿。
そしてその隣には。
見慣れた銀髪頭のだらしない男。
初めてみたアイツの笑顔は。
酷くガキ臭くて嫌いだった。
笑顔より、傷付いた顔の方が似合いそうだ。
そう思った。
そして何より気に入らないと思ったのは。
銀髪頭の馬鹿野郎の顔も。
同じ位、笑顔だった事だ。
ーーありゃ、なんだ?
他人になんか興味が無かったのに。
久しぶりに興味が沸いた。
何故なら面白い生徒に、馬鹿な教師。
どちらの顔も気色悪い程に笑顔だったから。
面白い事になってんなァ。
興味が沸いた。
何かの秘密の匂い。
そしてそれが。
まだ見ぬ未知の領域の匂い。
アイツ奴に、興味がある。
そんな自分が不思議で笑えた。