Present
□Please call name!
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―…全てに決着が着き、あの恐ろしいゲームは終焉を迎えた。
それから、数年後…
*****
「…さん…さん」
…遠くの方で、愛しい声がする。
この声は、よく知っている。
あぁ…そうだ。
いつもいつも、自分を呼んでくれていた。
「…さん……秋山、さん…!」
彼女に頼られ…助けた。守った。…彼女が愛しかったからだ。
そして逆に自分も彼女に救われ、最後まで共に闘った…あの正直者は。
今もまだ…自分の隣に居てくれているのだろうか。
…ぼんやりとそんなことを考えていた時だった。
「秋山さん…!…あーきーやーまーさーん!!」
…何なんだ、一体。
重たい瞼を開け、まず最初に視界に入ってきたのは白いシーツ。
大きく名前を呼ばれ、眠っていたベッドの上で、ゆっくりと上体だけを起こした。
「……直?」
目の前には、夢で見た時よりも少し大人になった彼女が、頬を膨らませてベッドの前に立っていた。
その姿を視界に捉えたものの、寝起きの思考ではまだ状況が上手く飲み込めずにいる。
「もーう!…やっと起きてくれましたね!」
そう言う彼女以外に、大声で俺を起こせる人間が居る筈もなく。
…彼女が眠りを覚ましてくれたという事は、彼女が傍に居てくれているという事に等しい。
そしてその事実は…自分にとって、何よりの幸せでもある筈だ。
…そうは言っても、大声で起こされたのもまた事実である訳で。
「何なんだ…こんな朝早くに」
「どこが朝早くですか!…もうすぐお昼ですよ?」
抗議され、思わず壁にかけられた時計を見遣る。
…分針は、既に午前11時30分を裕に回っていた。
「…いいじゃないか、別に」
「よくありません!朝ご飯、お昼ご飯になっちゃいますよ?」
はぁ…と溜め息を吐く。
そんなこと…と言ってやりたいが、彼女の行為を責める気にはなれない。
「…別にいいだろ、食事くらい」
「何言ってるんですか、不規則な生活になっちゃいます!」
それでもいい、と思った…心の中で。
…君が隣に居てくれるなら。
「…秋山さん?」
彼女の姿を眺めながら…ぼうっとしていたのだろう。
声をかけられ、少しはっとした。
「…直」
微笑んで、そのまま軽く手をクイクイと動かして、こちらに来る様に促した。
従順な彼女は、指示された通りベッドのすぐ近くまでやって来る。
…そして。
「何ですか…っ、きゃっ…!?」
傍までやって来た彼女の腕を掴んで、ベッドの中へと引っ張り込んだ。
大きなベッドは、それだけで軽くバウンドする。
…数年経ったとは言え、体型は変わらないその細く華奢な体を組み敷いた。
「…秋山さん!何するんですか、もう!」
そう言う彼女は、いきなりベッドへと引きずり込まれたことに、少なかれ憤りを感じている様だ。
…怒った顔もまた可愛い、と心の中で不謹慎なことを考える。
「秋山さん!早くどいて下さい!」
「…嫌だ」
彼女が次の抗議の言葉を発する前に…その唇を塞いだ。
一度目は触れるだけ。
唇を離すと、すぐに二度目の口付けをした。
…今度は深く深く。
「んん…!」
既に彼女の体は力が抜け、抵抗することは不可能らしい。
顔を真っ赤にさせ、目をぎゅっと瞑っている姿は、出会った頃から数年後の今でも変わらない。
充分に堪能して唇を離すと、彼女の涙でやや潤んだ瞳と目が合った。
「…ほんと、いきなり何するんですか…///」
くす、と笑って真下にある赤面した表情を見つめた。
「不満なのか?」
「不満…っていうか、突然でしたからびっくりして…///
もう、秋山さんのばか…///」
そう言って、彼女はそっぽを向いてしまった。
…とは言えベッドの上で組み敷かれているという状況では、顔を精一杯横に向けるだけなのだが。
そんな彼女を上から見下ろしながら…ふと思って、考えた。
―秋山さん…か。
「…いい加減やめないか?…それ」
「へ…?」
急に言われ、彼女はきょとんとした顔をして意味を分かっていない様だった。
「…いつまで“秋山さん”って呼ぶつもりだ?」
「え…あぁ…そのこと、ですか…」
彼女はやっと理解したらしく、うーんと考え込んでしまった。
「…“秋山さん”って呼ぶの、いけませんか?
私は、もう慣れちゃったんですけど…」
「いけなくはないな…でも」
そう答え、彼女の左手を取った。
その左手の細い指に、自分の右手の指を絡めて…ぎゅっと握る。
「…君も“秋山さん”なんだが」
にやりと笑うと、彼女はあ…と声を上げ、再び赤面した。
…そう。
彼女の左手の薬指―もとい、自分の左手にもだが―には、銀に輝く指輪が嵌められている。
全てに決着がついてから、彼女とは婚約し…そして結婚した。
永遠を誓ってからそれなりの月日は経っていると言うのに、未だに彼女は俺のことを“秋山さん”と呼ぶ。
自身も既に“神崎直”ではなく…“秋山直”なのだが。
「あぁそっか…そうですよね…私も秋山でしたね…///」
気恥ずかしかったのか、彼女はますます顔を赤くさせる。
「だからいつまでも俺のことを“秋山さん”と呼ぶのはどうかと思うんだがな」
「でも…それじゃやっぱり……名前…で?///」
あぁ、と頷く。
彼女は暫く考える様に、黙り込んでしまった。
「…駄目です。やっぱり恥ずかしいです…///」
はぁ…と深く溜め息を吐く。
ごめんなさい、と可愛く謝られては、いつもは引き下がってやるところなのだが。
…こればかりは、自分も譲れなかった。
「ならどいてやらないだけだ」
「えぇ!?」
彼女を抱きすくめる様に、その体に覆いかぶさる。
「ちょっと、秋山さん…///」
「ほら、それだ」
「うぅ…!」
彼女の首筋に顔をうずめ、その髪の匂いを嗅ぎながら息を吐きかけてやると、ぴくん…と小さくその体が震えた。
「や…っ…!」
「呼ぶなら、やめてやる。呼ばないなら…もっと続けるが、いいのか?」
耳元でそう囁くと、彼女はきっとこちらを強く睨みつけた。…意地悪、とでも言わんばかりに。
そんな表情でさえもが、その全てが…愛しい。
…だからこそ、呼ばれたいのだ。
「……ぃち、さん…!」
「聞こえないな」
瞬時に、一蹴する。
微かな声でしか呼ばれないのなら、それは呼ばれてないのに等しい。
そんな曖昧で不確かなものなら…要らない。
「…っ…しん、いち、さん…!!」
…今度は、聞こえた。ちゃんと、はっきり。
見遣ると、既に彼女の表情は先程とは比べものにならないくらいに真っ赤だった。
くっくと喉を鳴らす。
…まぁ、彼女にしては上出来だろう。
「…よし。どいてやる」
言って、彼女の体を覆っていた自分の体をどけると、彼女はいち早く飛び起きた。
「もう!…すっごく恥ずかしかったんですからね!!////」
「君が呼ばないからだろ」
そう言って彼女に微笑むと、彼女もまた、はにかんだ様に微笑んだ。
「またそうやって…///…ずるいです。怒れなくなっちゃうじゃないですか…」
彼女はむすっとしているのに、その顔にはどこか笑みが零れていた。
「…もう一回」
「へ…!?あ…///」
もう一度呼ぶ様にと頼むと、彼女はまた恥ずかしそうに顔を俯かせてしまった。
ほんの少しだけ逡巡して…そして、俺の耳に両手を添えながら口を当てた。
…まるで、内緒話をするかの様に。
「……深一、さん……大好き…///」
「……!」
…参った。
これには、流石の自分も面食らった。
そんな嬉しい言葉まで、付いてくるとは思ってもいなくて。
思わず…衝動的に彼女を抱き締めた。
「俺も…好きだ……直」
…知らなかった。
互いに互いの名を呼び合うことが、これ程にまで愛しくて…幸せなことだったとは。
そしてそれは、彼女と出会えなければ一生知ることが出来なかった、幸せなのだろう。
そう思って、腕の中の最愛の者に…そっと口付けをした。
その、自分の名を…
…永遠に囁いてくれる、唇に。
→あとがき(という名の謝罪)