Original

□確かな、温もり
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「もぉっ、何で先に言っちゃったんですか、秋山さん!」


私は頬を脹らませながら、隣に居る背の高い整った顔立ちをした男性に呼びかけた。


「悪かったって」


その端正な顔に苦笑を浮かべながら、彼…秋山深一はそう答えた。

彼は…私の、最愛のひと。

あの恐ろしいゲームから、私を救ってくれた…大切なひと。

無事に三回戦までを負債0で終えた私と秋山さんには、あれからゲームの招待状は届いていない。

…平穏な、日々。

今の私は、すごく幸せだった。

それは、あのゲームが終わってもなお、私の隣には…

秋山さんが、居てくれるから。


「でも、普通は分かるだろ?」


秋山さんは、私に向かってそう言った。

そして…今日、私は大学が早く終わったので、秋山さんと二人で映画を見に行ってきたのだ。

一般的に、これは…デート。多分。


「あんなの分かるの秋山さんだけです」


さっきから、私と秋山さんは何の話をしているのかと言うと、それは今さっき見てきた映画のことだった。

最近公開されたばかりの人気のある洋画で、

『ラスト5分で、あなたは絶対騙される』

というキャッチフレーズが特有のミステリー映画だった。

どれを見ようか迷っていたときに、秋山さんが、

「この映画、俺なら絶対に騙されない」

…と言ったのでつい選んでしまったのだ。

そして私と秋山さんは順調にその映画を見ていたのだが…

始まって3分の1くらいたったころだった。

隣からトントンと腕を叩かれて、私は振り返った。


「何ですか?」


私は周りの人に迷惑にならないように、声を潜めてそう尋ねた。

にやりと不敵な笑みを浮かべる秋山さん。


「犯人は××だ」


それを聞き、私は驚いた。…その人だけは犯人では無いと思っていたから。


「嘘です。…それは絶対ありえません!」

「いいや。絶対にそうだ」


秋山さんは、自信たっぷりにそう言った。

むぅ、と私は思った。


「どうしてですか?だってまだ始まって半分もたってないんですよ?」


私がそれとなく抗議すると、秋山さんは可笑しそうに笑った。


「…気付かなかったか?

さっきあいつは自分で自分が犯人だってことを暴露したんだ」

「えぇ…?」


訳が分からなかった。

私は仕方なく、その後の映画を見ることにした。

そしてその後。

いよいよ期待のラスト5分で、まさかの展開があったのだが…

真犯人を秋山さんから教えられていた私は、すぐにラスト20分で気付いてしまった。

秋山さんに至っては、既に飽きていた様で、私の髪をいじっていた。

結局、私は映画を存分に楽しむことが出来なかった、という訳なのだ。


「もう…言わなくても良かったのに!」


映画館を出た帰り道、私と秋山さんは駅に向かって歩いていた。

私はひたすら秋山さんに文句を呟いていた。


「だから、悪かったって」


秋山さんは笑いながら平謝りするだけ。

何だかあやされているみたいで、ますます私は面白くなかった。

…人通りの中、私と秋山さんは歩いて行く。

私よりも20cmくらい背の高い彼は、当然歩幅も広い。

それなのに、ちゃんと私の歩幅に合わせて歩いてくれている。

そんな彼は、本当はすごく…

…優しい、ひと。

でも、それとこれとは訳が違う。


「…秋山さんは分かるかもしれないですけど、私は分からないんですよ?」


私は相変わらず拗ねたまま、文句を言う。

自分でも、子供っぽいとは思ったけど…

そんな私を見て、秋山さんはクス、と笑った。


「…たく。しょうがないな」


秋山さんがそう言って、私達は丁度地下鉄の入口にさしかかった。

そのまま、地下へと石で出来た階段を降りていく。

そして、階段を全部降りきったときだった。

壁際にある、ものかげ。


「―ここならいいか」


秋山さんはボソッと呟いた。

え?…私がそう聞き返そうとした、その刹那。

私の唇は秋山さんに奪われていた。


「んっ…」


私はいきなりのことに驚いて、立ちくらむ。

秋山さんはそれを受け止め…抱き寄せた。


「ん…ふ…」


口付けは触れるだけから、深いものへと変化していく。

けれど…流石に地下鉄の入口でそんなキスを長くしているわけにはいかなかった。

私はとんとんと秋山さんの胸を叩いた。

それに気付くと、秋山さんは唇を離してくれた。

「も…不意打ち…ずるい、です…」


私は顔を赤くしてそう言った。

案の定、秋山さんはにやりと笑った。


「ほら、これで許すだろ?」


許すも許さないも、こんなことされたらもう映画のことなんて頭から飛んでいってしまう。

仕方なく私は、こくりとうなずいた。

…まだ頭がはっきりせず、ついぼーっとしてしまう。

秋山さんは優しく微笑んで、スッと左手を出した。


「…ほら」


その意味が何なのか、私はすぐに分かった。

ゆっくりと、私はその手に自分の右手を重ねた。

秋山さんは、それを見て溜め息を吐く。


「違う。こうだ」


するりと、何ともすばやい手つきで指と指どうしを絡ませた。

私は思わず、恥ずかしくなり顔を赤らめる。


「ほら、さっさと行くぞ」


秋山さんに言われて、慌てて歩き出す。

そのまま、華やかなお店が立ち並ぶ地下街を歩いて行った。

右手には…大好きな、大好きな人の。

確かな、温もり。

ちょっぴり意地悪で。

それなのに。…優しくて。


…私は、そんなあなたが大好きなんです。



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