Original

□家庭教師
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「…レポートの提出?」


俺は思い切り顔をしかめた。

…いきなり家まで押しかけて来て、何事かと思ったら。


「はいっ!そうなんです、今週までに!」


そう言って、笑顔を浮かべる彼女…神崎直は、両手に持った鞄を見せた。

中には、教科書やら資料やらがたくさん入っている。


「…自分でやれ」


俺は髪をかき上げ、一言言い放つ。

しかし、直はめげずに反論する。


「だって!

私ライアーゲームに参加してて、ずぅーっと大学行けなかったんです!

そしたら、私だけいつの間にかこんなに提出しなくちゃいけない課題が増えてて…」


…そりゃそうだ。


「だから、秋山さんに手伝って貰おうと思って!」

「何でそうなる」


…俺は君の家庭教師か?

そんな思いとは裏腹に、彼女は笑みを絶やさない。


「だって、秋山さんはすごく頭いいですから。

秋山さんに勉強教えて貰えたらなって」


俺は溜め息を吐いた。

…まぁ仮に、勉強を見てやることは良いとする。それはさして問題じゃない。

問題なのは…

一人暮らしの男の部屋に、たった一人で来た、ということだ。

…俺に襲って欲しいのか?


「…ほんとに、少しでいいですから。

あ、ちゃんとお礼も持ってきたんですよ?」


彼女の大学の鞄に隠れるようにして、有名な洋菓子店の袋が重なっていた。

…やはり、全くと言っていい程俺の気持ちに気付いてくれていない。それこそ、微塵も。


「礼なら……別のにしてくれ」

「不服なら、この後夕食も作ります」


…本当に、話がかみ合っていない。

俺が言いたかったのは…


「……どうしてもダメだって言うなら、諦め、ますけど…」


そう言って、直は俯き悲しそうな顔をしてみせた。

心の中で再び溜め息を吐く。

…頼むからそういう顔をしないでくれ。


「……分かった。入れ」


結局、俺は渋々承諾してしまった。

途端に、直の顔がぱぁっと明るくなる。


「わぁっ!ありがとうございます、秋山さん!」


…晴れやかな、直の笑顔。

やっぱり彼女は、こういう顔の方がいい。

俺も甘いな…そう思った。

俺は直を家に招き入れる。

直はぺこりと頭を下げ、俺が開けたドアの向こう側へと入った。

…やっぱり、全く分かっていない。


「…それじゃ、お邪魔します」


…君のその無垢さは、時に罪だ。


*****


「…で?どれだ」


俺は椅子に座った直にそう問いかける。

直は嬉しそうに微笑んだ。


「えっと。これが今週中までのレポートで…

それからこれも…あ、こっちもやらなきゃ…」


どうやらレポートだけじゃないらしい。

…どれだけ俺にやらせる気だ。

もうこの際どうでもいい。


「…分かった。貸せ」


俺は仕方なく、直と向かい合った状態で、直の勉強をみていく。

ふむふむ、とでも言わんばかりに俺の言葉を一生懸命に聞く直。

…と言っても、それをそのまま用紙に書いていってるのだが。

そしてそのまま、俺は暫く直の勉強に付き合ってやった。


…どのくらい、時間が経ったのだろう。


「…直」


唐突に、俺は呟いた。

書くのに夢中になっていた直は、はい?と顔を上げる。


…今この場で、一番君が無防備な瞬間。

俺は一瞬で直の唇を塞いだ。

…それぐらい、いいだろ。休憩、てわけで。

少しして、俺は唇を離した。

彼女の顔は、既に真っ赤だった。

直はいつも、不意打ちに弱い。


「…ズルいです」

「勉強教えて貰ってる奴が、そういうこと言って良いのか?」


俯いて、何も言い返せなくなる直。

俺はクス、と笑った。…可愛い。


「ほら、手止まってるぞ」


直ははっとして、また作業に取り掛かった。

…再び、俺は直の家庭教師となる。


再び時間が経つと、外は暗くなりかけていた。

そしてその頃には、直の課題の大半も終了していた。

…やっと片付いたか。


「…ほんとに、ありがとうございました!

お礼に私、夕食作りますね!」


そう言って、彼女はキッチンへと向かう。

…暫くすると、部屋中にいい匂いが立ち込めてくる。

心の中で、彼女の手料理を楽しみにしている自分が居ることに気付く。


「…出来ました!」


そう言って、彼女は料理を運ぶ。

…そのまま、俺と直は夕食を食べ始める。

今日は本当に助かりました、とか何とか直は言っていたが、俺はただ生返事を返すだけ。

二人とも夕食を食べ終わると、直は後片付けをして帰り支度を始めた。

…やっぱり気付いてない。


「…今日は本当にありがとうございました!」

「…あぁ」

「それじゃ、私は………っきゃ!?」


…帰ろうとする直を、俺は半ば強引に抱き寄せた。


「…あき、やま…さん?」


そのまま、耳元で…甘く囁く。


「…まだ授業料を貰ってない」

「へ…?」


きょとん、とした表情の直。


「…朝まで、体で払って貰うから」


……いや。朝までまた、勉強か。



→あとがき
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