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□馬鹿正直なわけ
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…とある日のこと。

俺は直の家に居た。

彼女が自分を家に招いてくれるのは、いつものことのだから。

そして、二人でソファに座っているとき。

…俺は、これまでずっと気になっていたことを尋ねることを決めた。

そう。出会ってから、あのゲームの三回戦が終わってからの…今まで、ずっと。


「…直」


俺は、目の前に居る愛しい彼女の名を呟いた。


「はい、何ですか?」


にっこりと微笑み、返事をする彼女。

彼女のこの天使の様な微笑みには、いつも毒気を抜かれてしまう。

…それこそ、思わず聞くのを躊躇われる程に。


「君に聞きたいことがある」

「…聞きたいこと、ですか?」


首を傾げる、直。

しかし、だ。今日こそは聞こうと決心したのだ。

…聞かなくては、何だかやりきれない。

これまでずっと、彼女にはそのせいで振り回されて来たのだから。


「何ですか?」


きょとん、とした表情を見せる直。

そんな表情でさえも、愛らしい。

そして俺は、その“疑問”を尋ねることにした。

一度だけ…呼吸をする。

そのまま、それを口にする。


「………一体、いつから君はそんなに正直なんだ?」


…これだ。

このせいで、俺はあのゲームのときに散々と言って良いほど、翻弄されたのだから。

だから、今日こそは聞かなくては。

…でないと、俺の方が納得出来ない。

最も、彼女が語りたくなさそうな様子ならば、即刻無かったことにするつもりだった。

直は不思議そうな顔を浮かべる。

その後、ややあって……その顔を俯かせた。

…気分を害してしまったのだろうか。

そう思い、やはりいいと口にしようとした、その刹那。


「…昔の、ことです」


にっこりと、直は普段と何ら変わりの無いあの微笑を浮かべていた。

俺は束の間、安堵した。

彼女を傷付ける様な真似は、死んでもしたくなかったからだ。


「…何か、所以があるのか?」

「そんな。

所以だなんて、大袈裟な話じゃ無いんですけど…ただ」


そこで、一度彼女は言葉を切る。


「…ただ?」


…衝動的に、聞き返してしまった。

心の中で…直のことならどんな些細なことでも、知りたい。

直の過去も、秘密も、全て…―知り尽くしてしまいたい。

…そう思ってる自分が居た。

しかし…それはあくまで一種の所有欲に過ぎないのだが。


「ただ……今、どうしてるのかなぁって。

……あの男の子」


直はぼんやりと遠くを見つめ、何かを思い出す様に呟いた。

俺はまた思わず聞き返してしまいそうな感覚を覚えたが、すぐに堪える。


「……良かったら、聞かせてくれないか。

その、“あの男の子”とやらの話」


そう伝えると、直は笑顔でうなずき、快く受諾してくれた。


そして…その澄んだ声で、自分の過去を語り始めた。


*****


私は、秋山さんに頼まれ、

『いつから自分が正直なのか』

という過去を話すことにした。しかし、それはどちらかと言えば、

『何故私が正直に生きようと思ったのか』

というタイトルの方が正しいかもしれない。


「私、小さい頃からずっと両親には、『正直に生きなさい』って言われてました。

でも、本当に正直に生きようって、心から思えたのは…

ある、男の子のおかげなんです」



……そして。

私は、話し始めた。

自分の、過去を。

まだ…

今の自分から見ても分かるほどに。

あどけなくて、幼く、今よりも泣いてばかりいた…あの日の自分を。


「…それは、私がまだ3歳か4歳くらいのときだったと思います……」


私は、幼稚園が終わると近所の公園で遊んでいた。

しかし。その日の私は、いつもと違っていた。

地べたに座り込み……泣いていた。

両手でしきりに目をこすり、嗚咽を漏らしていた。


「…っく…ふぇ…え…ぇん」


夕日が差し込むその公園には、私一人きりだった。

一人ぼっち…泣いていた。


「うぇ…えぇん」


そのときの私は、言いようも無いほどに悲しみに明け暮れていた。

ハンカチなど、幼い私が持っている筈も無かった。

ただ、涙を手で拭うだけ。


―…しかし。

そのとき、だった。


「………はい」


頭上から、声降って来た。知らない声だった。

ふっと見上げると…

そこには、青いハンカチが差し出されていた。

そのハンカチを、私はまるで魅入られた様に…

反射的に、受け取ってしまった。

そして、さらに顔の角度を上げる。


「…使いなよ、それ」


見ると、目の前には。

…一人の、男の子が居た。

黒いランドセルを背負った…にっこりと、微笑む、男の子。


「え…?」


私は、首を傾げた。

どういう意味か、上手く理解出来なかった。


「君、どうしたの?何で一人で泣いてるの?」


男の子がそう尋ねてきて、私は一瞬逡巡した後…すぐに訳を話した。


「っ…まま、と…はぐれ…ちゃったの…

ままに…ようちえん、おわったら…

おむかえ、来てくれる…はず、だったの…

それ、なのに…いつもよりおそくて…

なお、まちきれなくて…まま、さがしに行ったの…

そしたら…なお……ふえっ…」


…話し始めると、自分でもびっくりする程、止まらなかった。

こらえていたものが、まるで堰を切ったかの様に…

私は、癇癪を起こしていた…

最後の方は、泣き声にかき消されてしまっていた。
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