D.short

□愛してる
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「愛してるよ」


彼はいつも決まってこう言う。
私の目線に合うようにしゃがんで、目をしっかり合わせて言う。


目覚めた時からここに居た。
目覚めた瞬間見たのは彼だった。

そして、彼は私にこう言った。


「愛してるよ」


だから、私もこう言った。


「愛してる」


しかし、この言葉に意味は無い。
赤子のようになにも知らなかった私が、ただ彼の真似をしただけだったのだ。

それを知ってか知らずか、その言葉を聞いた彼は満足気に笑った。



それから数年後。
今ではきちんと言葉も理解し、流暢に会話できる。
もちろん、あの言葉の意味も理解している。

愛。


「愛してるよ」


愛。


「私もです、臨也さん」


愛。
その感情を私は知らない。
言葉で表した愛なら知っているが、実際にはよくわからない。
だが、きっと私は目の前の彼を愛しているのだろう。
いや、正確に言うと、目の前の彼しか愛せないのだ。
何故なら私は、彼しか知らないからだ。
この世界には、私と彼しか居ないからだ。
だから、私は子孫を残すために彼を愛するのだろう。
それが、“生物”の本能なのだから。

私は、彼しか知らない。
この世界には、私と彼しか存在しないからだ。


「愛してるよ」


今日も彼は私に言う。
私の目線に合うようにしゃがんで言う。
だから私も言う。


「愛してる」




目覚めた時からここに居る。
それより前の記憶は無い。

目覚めた時からここに居る。
アキレス腱には、×印の傷。

目覚めた時からここに居る。
私は、歩く事が出来ない。

目覚めた時からここに居る。
手首足首に重い枷。

目覚めた時からここに居る。

目覚めた時からここに居る。

目覚めた時からここに居る。

目覚めた時からここに居る。






-愛してる-






目覚めた時からここに居る。
この、檻の中に居る。


















2010.04.27(Tue)
by.遊鵜


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