a☆u★c

□優しい再確認
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※auc番外編
※蘭先輩が居た頃





言われてみれば、確かに朝から体が重かったかもしれない。やけに寒気がしたし、その割に何だか顔や吐く息は熱っぽかった。それが風邪だと認識するまでに至らなかったのは、やっぱり思考までもが熱に浮かされていたからなのかもしれない。



「楡、何か顔赤くない?」
「そう?」

楡は明衣に訝しげな目を向けられて、こてりと首を傾げた。今日は立ち番で、玄関で朝の挨拶や服装点検をしなければならない彼に、明衣は突っ掛かる。

「絶対おかしいって。何かぼーっとしてるし」
「ぼーっとしてるのは……わりといつもだけど」

楡はいつもの低いテンションで答える。その声には、いつにもまして覇気が無い。明衣は無意識に背伸びをして、陶器のような彼の額に手を当てた。そして眉を寄せる。

「あっつ!おでこあっつ!熱あるってば、あんた」
「……熱?」

呆れた。まさかここまで高熱なのに、自覚が無いとは。明衣は楡の手を引き、保健室へと向かう。
熱があるにもかかわらず、彼の手は相変わらずひんやりとしている。それってヤバいんじゃないの、と明衣は思った。その時、ふと楡が擦れた声で何か言っているのに気が付いた。

「……あ、ちょっと待て……」
「え?え、ちょっ!!?」

次の瞬間、ぐらりと楡の体が傾く。「待てないっつの!」と絶叫しながら明衣は彼と一緒に廊下に倒れた。覆い被さるように倒れている楡の体はやはり燃えるように熱く、かなりの高熱であることが伺えた。ぐったりとしたまま動かない彼に本気で心配になった明衣は、近くを通りかかった教師に声をかけた。




――これは夢だろうか。
闇の中、自分は一人佇んでおり、周りには人どころか、建物も何もない。無音。無人。闇以外に何もない。楡はその中で、ぼんやりと立ち尽くしていた。

一人。
自分は一人なのだ。

家族は居ない。とうの昔に亡くしてしまった。
どうしようもなく独りぼっちだ。

父の背中。
母のぬくもり。
自分だけが助かった罪悪感。

苦しくて、叫び出しそうになった。



――「楡!」

突如自分を呼ぶ声が響いて、楡はハッと目を覚ます。すると、心配そうに眉を八の字にした明衣の顔がアップで目の前に現れた。

「先生、だいぶうなされてましたよ。悪い夢でも見たんですか」

本郷も心配そうに覗き込んでくる。五月女はポカリをコップに注いで持ってきてくれた。
視線を動かすと、見慣れた天井があった。どうやら部室のベッド(主に昼寝用)に寝かされているらしい。誰が運んできてくれたのかはわからないが(恐らく教員だろう)、後で礼を言わなければ、と思いながら寝起きの目元に手をやると、そこが湿り気を帯びていることに気が付いた。まさか…

「……泣いて、た?」
「…うん。一回だけ、涙が…」

楡が誰にともなく呟けば、明衣が答えた。五月女が「起きられますか?」と声をかけてきたので、小さく頷いて上体を起こす。誰もこの涙の理由は聞かない。聞かれてもはぐらかすつもりだったし、彼らも何となく楡の夢の内容に関しては触れない方が良いと思った。

楡はポカリを受け取って、一口飲み込んだ。汗だくの、熱を持った体に冷たさがしみ込んで、気持ちがいい。一息ついていると、五月女が大きな鍋を持って現れた。

「お粥ありますけど、いかがですか?」
「いや、食欲ないし……。それに鍋でかすぎるだろ。…つか、授業は…?」

ツッコミの後に楡が尋ねると、本郷が苦笑する。

「今日は午前授業ですよ。ホラ、もう少し寝てて下さい」
「あんた時間割把握できないのって、かなりヤバいんじゃない?」

再び寝かされ、布団を掛け直される。母ちゃんかお前ら、と内心で苦笑してから、手に違和感があって目をやる。何故か、明衣に手を握られていた。

「……?」
「アンタが寝付くまで、こうしててあげるわよ。そしたら寂しくないでしょ?」
「あっ、俺も!」

今度は五月女が反対の方の手を握ってくる。汗ばんだ子供体温の手のひらが気持ち悪い。本郷はその様子に微笑むと、「じゃあ私も」と楡の頭を撫でた。

「……何これ」

このおかしな状況に思わずこぼれた独り言。三人はクスクスと笑っていた。繋がれた手を見て、楡は小さく微笑む。

(…寂しくない、か…)

楡はもう一度、微睡みに沈んだ。





―――数時間後。

「重い……」

何故こうなった。
楡は起き上がることが困難なこの状況に眉を寄せた。例の三人が、楡の上にのしかかるようにして、狭いベッドで眠ってしまっているのだ。外を見ると、もう日は落ちていて、すっかり真っ暗だ。

(――まあ、たまには良いか)

しっかりと握られたままの両手を見て、楡は一人小さく笑ったのだった。




優しい再確認
(俺の居場所は、ここにある)





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時間軸的には、小さな復讐者の後日談みたいな感じになります。
楡先生が、実はaucのことをかなり大切に思っていたら良いなぁ…という妄想←
いや、作者は私ですけれども(笑)
読んで頂きありがとうございました。

'11/5/7 小雪。



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