□傷痕
1ページ/1ページ
今回の任務はDランクにしてはキツかった。
隣国の大名が輸送中無くした巻物を探すという、初歩的なものだった筈なのだが、その巻物をどういう理由か別の国の雇われ忍者が横取りしようとしてきたのだ。
いったい何が書かれているのか……
移動ルートから僅かに逸れたところで拾った巻物を、敵と奪い合いになった。
結局は巻物は死守し、相手の忍者は致命傷の傷を負わせたところで決着がついた。
が、ナルトを庇ってカカシの二の腕に敵の放ったクナイによって付いた傷が思いの外酷く膿み、カカシ達は途中休憩しながら里に帰ることとなった。
「クナイに薬物が塗ってあったようだね」
カカシは大木に寄りかかり、袖を引きちぎりそれを傷口の上で縛っている。
「毒薬でなくてよかったよ」
実際クナイに塗られていたのは毒薬だったが、日ごろから薬物に慣らされたカカシの身体には、致死量まではいかなかったようだ。
正直それを云ってしまえば、落ち込んだナルトが今以上に落ち込むことは確実だ。
死にはしないと分かれば、それを今云う必要もない。
「オレとしたことが、油断したな…」
今回の事は自分の油断だと軽く云うが、ナルトの気分を浮上させるには至らなかった。
「カカシ先生、傷口を水で洗うと少しはよくなりません?」
サクラが女の子らしく気遣ってくれる。
確かに早い内なら少しは効果もあろうが、数時間経った今ではたいした効果は表れない。
「大丈夫さ、…さ、そろそろ出発しようか」
「…カカシ先生……」
ナルトが云い辛そうに言葉を綴った。
「この先に川があるから、少しでも…」
サクラの言葉尻を取っての提案なのだろう。
「動くのがきついなら、オレが汲んでくるよ」
重傷患者のような扱いに、カカシは苦笑する。
いくらなんでも、僅か一キロ先の川くらいまでなら走っても一瞬だ、そうそれくらいなら走る余裕はまだある。
「じゃあ、川の近くで一泊しよう…」
サクラとナルトの提案でもある事だし。
今からでは、里までの普通の行軍でも丸一日かかる、ムリはせずゆっくり帰らせてもらうかと、カカシは笑いながら云った。
*****
川の畔に適当な場所を見つけ、夜営の仕度をする。
ここが他国である事と、先ほど倒した忍者の追っ手を警戒する事は欠かさない。
トラップを幾つか仕掛け、川魚と山の幸で早めに夕食を済ませた。
夕日に赤く染まる川面に焚き木の炎が写る。
敵の急襲が予想される場合、夜の焚き木は危険なので日が落ちると共に消す事となる。
ナルト達の提案通り、傷を洗っておこうかと少し離れた処で上半身の衣類を脱いだ。
「覗いちゃやーよ」
軽口を残して川に入っていけば、サクラがむきになって『覗きません!』と怒鳴っていた。
傷口を見れば、状態は変わっていなかった。
どうやらこれ以上は悪化することはないだろうと、カカシは人心地付いた。
そこに、隠そうともしない気配が近づいてくるのが分かった。
カカシはクスっと笑みを浮かべた。
心配になって見に来たのだろう。
文句を云ったりもしないが、心配もしてこないサスケとは違って、感情赴くままに接してくるナルトが可愛くも思う。
子供なんだから少しは自由奔放でもいだろう、けど、ナルトは周囲の(親しい)人間への気遣いは忘れてはいない。
その気遣いが空回りの時もあるけれど……
「カカシ先生?」
草むらを掻き分け顔を覗かせた子供の心配気な表情が、夕日に照らされている。
「腕は…大丈夫かよ…」
「ん、大丈夫だって……まだ気にしてる?」
「だって……オレを庇って……」
言葉が続かず、俯いてしまった。
(本当、可愛い子だね……)
ナルトが聞いたら怒りだしそうな感想が浮かんだ。
「クナイを食らった後、直ぐ血抜きをしたからね…」
「でも、顔色悪かったってば……」
「そう?」
カカシは、躊躇無く口布を外してナルトに素顔を晒した。
「もう大丈夫でしょ?」
夕日の下では、本当の顔色なんて分かるまいと、カカシは殊更笑みを深くしてナルトを見た。
そのナルト自身、口をポカンと開けてカカシを見つめた。
顔色云々を確認する以前に、ナルトは素顔のカカシに驚いていた。
色まで判別できない夕日の下、オッドアイの目と左目の傷、そして想像していた以上に端正な顔。
それに釣り合った鍛え抜かれた身体。
「初めて見たってばよ、カカシ先生の顔…」
「そう?」
自分の部屋で寝てる時以外は外すことのないマスクだ。
カカシの短い言葉からは、自分がどれだけ人目を惹く顔をしているか分かっていないように思えた。
ナルトは途端に不機嫌な顔になった。
「先生、モテるだろ…」
「そうかな?…普通だよ…」
ナルトの不機嫌な理由が分からず、カカシはちょっと小首を傾げて視線を外す。
普通って、誰の基準の普通なのやら分からない。
先生の顔から大人の顔になる…
ナルトにとっては自分達以外に見せる顔があるというのは、嫌な気がした。
母親が女の顔を持つのを嫌うのに似た……子供故の純粋さなのか、男の顔を見せるカカシが赦せない気がしたのだ。
「マスク、外しちゃダメだ!」
「え?」
「オレの前以外で、外しちゃダメだってばよ!」
「ええ? なんで?」
――子供の心親知らず…いや、先生知らず?――
戸惑うカカシに、ナルトはもう一度ダメだと念押しし、草むらの向こうに姿を消した。
山の向こうに沈もうとしている夕日が、小さく揺れる金色の髪を最後に写しだす。
カカシは慌てて川から上がると、その愛しい子供の後を追った。
本当、可愛いやつ―――
.