□特別補習
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(ナルトサイド)


暑い暑い八月に入ってすぐの頃、いつもの様にバイト先に来たカカシ先生がお客の途切れた合間を見て話しかけてきた。

「特別補習の話、覚えてる?」

ニッコリ微笑んで云う言葉に、勿論覚えがある。

悪過ぎた成績も、夜のプリント復習だけで三教科の成績アップ(人並みの成績になっただけ?)に繋がった事に気を良くした先生が、『夏休みに特別補習したら、全教科成績アップも夢じゃないよ』なんて云いだし、オレもその気になって頷いてしまった――

『週三回は、昼から夕方まで授業するからね』

なんて――

ちょっと待てってばよ!

何?週三回って?

昼から夕方って?

夜のプリント復習じゃないの?


一学期の期末試験前に決まった話は、いつ実行されるかビクビクしてたけど、とうとう『キターーっ(涙)』ってな感じで目の前に落ちてきた。


「も、勿論覚えて…る…ってばよ?……うん…」

「声が裏返ってるぜ?」

アスマ店長が、ボソっと突っ込みを入れる。

煩いってばっ…楽しい夏休みに勉強なんてしたい学生なんていないってばよ。

あ、サスケは異星人だから、塾の夏季講習なんていう泊りがけの合宿に行ってるみたいだけどさ……

普通の学生は、夏休みは思い出作りや休みをエンジョイするのに、忙しいんだってば。

「…マジ、すんの?補習……」

「うん、するよ……高校に行きたいでしょ?大学まで進みたいでしょ?」

「……うん、行きたい……」

「じゃあ、頑張ろうね」

またまたニッコリと擬音が付きそうな笑みを浮かべ、カカシ先生が云った。



で、何処で勉強しようかという話題になった時に、カカシ先生の案《先生のアパート》というのは、オレとアスマ店長の総意で却下された。

『なんでよ〜』と、眉を顰めて文句を云うカカシ先生に、オレからは云いにくい事を店長はズバっと云ってくれた。

「おまえの家じゃ、違う授業になりかねん」

「何よ、違う授業って…」

「近くにベッドの無い所にしろ」

つまりは、勉強から脱線しない環境ってことね。

カカシ先生ってば、欲望に忠実だから、近くにベッドがあると思えばすぐ脱線しそうだもんな(納得)。

「オレんちは、昼間かーちゃんがいるから……」

「…そりゃあ、手も握れないな……」

「「…だから〜っ!…」」

同時にオレとアスマ店長の突っ込みが入った。



アスマ店長のご厚意により、週三回この店の更衣室を使わせてもらう事となった。


店の更衣室は、六畳間程度の広さで冷房付、簡易ながらもテーブルとイスもある。

暑いこの夏、冷房があるだけでも幸せな環境だってばよ。

本来冷房はあんまり好きじゃないけど、夏の日中は無いと茹っちゃうしね。

オレんちには扇風機ぐらいしか無いし、居間は和室にちゃぶ台だから足が汗まみれになるし、キッチンならテーブルはあるが、ベランダから遠い分風が届きにくい。

これで夏休みの宿題は涼しい部屋でばっちりだ――と、思ってたら、カカシ先生は『宿題禁止ね』と釘を刺してきた。

あくまで《特別補習》だと云いたいらしい。

教材(プリント?)は、先生が用意するからと云って止めを刺してきた。

オレはガックリと首を落とした。




でもって、初の特別補習の日。

朝は何時に無く瞼が重くて、布団の上でゴロゴロしてたらかーちゃんに尻を竹刀で叩かれ起こされた。

「昼からお勉強に行くんでしょ?」

「……うん、でもさ〜まだ八時過ぎ……」

口答えしたらまた尻を殴られた。

渋々起きたら布団ごとベランダに追いやられた。

掃除機の音を聞きながら手摺りに布団を干して、ついでにベランダの鉢植えに水をやる。

「夜はまたお泊り?」

「そんな、毎日泊まらないってばよ」

毎日泊まったらオレの身が持たないっての――

「はたけ君とこなら、かーさんも安心だから…」

オレもカカシ先生といる時は楽しいケドね。 勉強はちょっと楽しくない……

それでも、問題が解けた時や、答えが合ってた時の充実感は例えようも無く――

「…うし、頑張るってばよっ…」




駅裏のバス停でカカシ先生と落ち合って、店へと行く。

途中のコンビニで昼飯用の弁当とお菓子と飲み物を買い込む。

「お菓子、買いすぎでしょ…」

「燃料だってばよ」

そう言い訳してカゴの中にポテチやチョコを放り込んだ。 で、お支払いはカカシ先生にお任せ。


店の鍵を預かっていた先生が、鍵を差し込んで首を傾げた。

「どうしたの?」

「開いてるんだけどね…閉め忘れ?」

無用心だな〜っと、眉を顰めている先生。

「ま、いいじゃん…入ろう、此処暑いってば…」

窓も無い地下の店だけに、熱気が篭もる程ではないが、空気を入れ替える為に空調の電源を入れた。

「メイドさんに着替える?」

「なんで?」

まさか、やっぱ女の格好のが教えるのにも気合が入るとか? ムッとしながら先生を睨んだら、それに気付き肩を竦めて言葉を続けた。

「変な邪推すんじゃないよ、冷房に弱いの知ってるんだからね」

「そっか…」

「オレんち泊まっても、すぐ冷房切っちゃうでしょ」

抱き合ってる間は気にならないけど、終わった後は肌寒く感じてついついカカシ先生にくっ付いてしまう。

それでムラっときた先生が二回戦目に突入しちゃう事もあったり――いや、ま…それはともかく……

メイド服は長袖のロングスカートだから、店の業務用の冷房にも対抗できるってもので。

「着替えるってばよ」

そう云って更衣室に入る時、ちらりとカカシ先生を振り返ったら――ニヤニヤ笑っていた。

オレの邪推だけじゃ無いって、ぜってー(ムカムカ)。




乱暴にロッカーを開けて脱いだTシャツジーパンを放り込み、メイド服を着込む。

更衣室の奥にある洗面台を囲うカーテンが揺らぐのが視界の端に映った。

何気にそっちを向けば、サングラスをしたオッサンと目があう。

ナニモノー?

手に持ってるのって包丁…ナイフかな?

声も出せずにオッサンを観察してたら、足早に近づいて来て――

そこでオレはようやく恐怖と驚愕とで身が震えた。

「うっ、わぁあぁ〜っ」

近付いて来たオッサンから逃げようとして、背後のロッカーに背中からぶち当たり悲鳴以上にすごい音が響いた。

「どしたの? ゴキブリでも出た?」

なんて、店の方から呑気な先生の声がして、ナイフを持ったオッサンも慌てたようにオレを捕まえに手を伸ばしてしてきて――

更衣室の入り口に立ったカカシ先生の顔が見る見るうちに大魔神と化し、オレもだけどオレを羽交い絞めにしているオッサンも震えていた。

可哀想に…カカシ先生にズタボロにされるぞ。

いやいや、その前にオレはどうなる? 目の前のナイフ…怖いんですけど〜

背後からメイド服の胸倉を掴んで反対の手でナイフを見せつけ脅す。

近付くな、なんて、震えた声で云いながらも、身体はズルズルと後ろに後退っていくオッサン。 勿論オレも一緒に動いていく。

「離せっ、服…脱げるってばっ」

片袖はまだ通していないから、遠山の金さんみたく左肩丸出しなんですけどー ま、女じゃ無いから胸が見えても困りゃしないけどさ。

「女、黙ってろっ」

女? 女だと思ってるんだ、じゃ着替えるトコ見られてないのか。 ホっとしつつも、何も安心できる状況でも無い訳で。

「おまえ、店のモンか?…カーテンの向こうの金庫あけろ」

カカシ先生に向かって叫ぶ泥棒も、開き直ったのかいつの間にか震えも止まり不遜に言い放つ。

でも、あの金庫の中って――

カカシ先生が泥棒を睨み付けながらも更衣室へ入ってきた。

広くない更衣室の事、泥棒の注意を逸らしてやれば、カカシ先生が何とかしてくれる筈。

後ろ足で背後のロッカーの戸をおもいっきり蹴り閉めた。

ビクンと身を震わせて泥棒のオッサンはカカシ先生から視線を外した。

その隙を見て、カカシ先生の足が振り上げられオレの目の前のナイフを弾いた。

オッサンもオレも一瞬何があったのか分からない早業だった。

カランと遠くでナイフの落ちる音がして、ようやくオレ達は何があったか気付いた。

咄嗟にオレはその場にしゃがみこみ、胸倉を掴んだままのオッサンの身体も無防備にのん詰めり、カカシ先生の二発目の蹴りを顎に喰らって後ろに吹っ飛んだ。

「大丈夫?」

ふうっと、溜息を付いていたら、カカシ先生が心配そうに覗き込んできた。

「大丈夫だってばよ」

そう云いながら立ち上がり、メイド服も袖を通しきちんと着込む。

「久しぶりに先生のカッコイイとこ見たっ」

「久しぶりって、何よ…」

そんなに最近はカッコ悪かった? なんて、先生は拗ねて眉を寄せた。




カカシ先生は動かないオッサンの腕を後ろで縛りあげ、警察を呼んだ。

程なくやってきた近所の交番の制服警官が現場保全とかで、テレビで見る黄色いテープで入り口周辺を封鎖。

警察署からやって来た所轄の刑事さんに状況なんかを色々聞かれたけど、中学生で家や学校に内緒にしてる事もあり、うまく言葉にならなかった。

それを見ていた所轄の女性刑事さんが、オレが泥棒を見て怯えていると見えたのか肩を支えてくれて『大丈夫?体調悪い?』なんて聞いてきて、近くのイスに座らせてくれた。

オレはコレ幸いとばかりに、黙ったまま俯いた。

見た目未成年のオレはそのまま事情聴取は打ち切られ、カカシ先生に矛先は向いた。

先生はオレとの関係は馴染み客とバイトとして話し、学生時代の友人であるアスマ店長との繋がりだと答えていた。

勿論嘘じゃないけど、すぐさまそんな言い訳が浮かぶもんだと感心した。

や、オレの融通の利かない頭が悪いのか?



そうこうしてる内に、カカシ先生に呼び出されたアスマ店長が紅先生と一緒にやって来た。

事の内容が内容だけに、紅先生も心配して来てくれたようだ。

店の鍵は、警察の調べで壊されていた事が分かったから、アスマ店長に非は無い。 だからか、カカシ先生もアスマ店長を責める事はなかった――

けど。

所轄の刑事さんが、金庫の中の確認をしてくれと云ってきたもんだから、アスマ店長はそわそわとしだした。

刑事さんもカカシ先生も、不思議そうな顔をしてアスマ店長が金庫を開けるのを待っていた。

「ね、紅せんせー……」

「何? うずまき…」

声をかければ、紅先生が心配そうに近づいて来た。

腕を絡めて更衣室から連れ出す。

更衣室を出る時アスマ店長をちらりと見れば、オレにだけ分る様に目配せをしてきた。



「昼飯食べてないってば、ここで食べていいかな?」

カウンター席に置いてあったコンビニ弁当を指差して云えば、苦笑しながらも所轄の女性刑事さんに断りをいれてくれた。

実際、食欲はあんまり無いけど、これもアスマ店長の家庭の平和の為だと思い、紅先生と二人カウンター席で弁当を食べ出した。



で、更衣室の大人達は――

金庫の中に詰まった古いビデオを、言葉無く見詰めていた。

「……結婚したんなら、捨てろよ……」

「バカヤロー! オレの青春だぞ」

更衣室から漏れ聞こえた小さな声に、オレはそっと紅先生を見た。

更衣室の声が聞こえていないようで、ホっとした。

「なに?…」

「何でも…紅先生も食べる?」

「もういいの?」

残ったら貰うね、なんて笑って云う紅先生に、半分食べたコンビニ弁当を渡した。

「きっちり野菜だけは残してるのね…偏食は直しなさい」

「や、うん。 そのうちー」

煮物のレンコンを口に運びながら、ボソっと呟く。

「ホント、男っていつまでも子供なんだから…」

「――え?…せんせ?」

オレの事かと聞き帰せば、紅先生はニッコリ笑いながら小さな声で云った。

「学生時代に集めたビデオでも入ってるんでしょ?あの金庫……」

ええぇーーっ なんで知ってるってば?

「それもエッチなの……家に置かないから私も何も云わないけど」

見ないなら捨てればいいのにと、煮物のコンニャクを口に放り込む。


バレバレだってばよ、アスマ店長――

早いとこ捨てた方がいいって、裏ビデオコレクション――紅先生が何も云わない内にさ。

でなきゃ、その内店長が捨てられるってばよ。





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