□バレンタインデー
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【誰にあげる?】
バレンタインディ。
幾年か前に、他所の国から流れて定着した習慣。
好き人にチョコレートをあげる日。
最初聞いた時は、オレはまだちっちゃかったから、『好きな人』という概念がよく分からなかった。
脳裏に浮かんだのは三代目のじーちゃんだったり、一人暮らしを始める前に世話をしてくれていたねーちゃんだったり、今思えば「違うだろう」とツッコミを入れられそうなズレっぷりだった。
一人暮らしを始めて、アカデミーに入学して、紆余曲折を経ながらも友達も出来て、優しい先生とも出会えた。
そして、下忍に昇格出来たオレの前に現れた、もう一人の先生を前に、この人は好きになれない……と、思った。
でも、幾つもの任務を熟し、学んでいくうちに、どうして『好きになれない』なんて思ったのか不思議に思う――
任務を熟し忍としての経験値を上げ、その報酬を得る立場になって、その先生は忍としての大切な心構えを教えてくれた。
優しく諭す様に、時には厳しく言い聞かせる様に――
単純に思われるかもしれないが、この時初めて『好きな人』だと思える人と出会えたんだと思う。
サクラちゃんとは違った『好き』。
サスケとも違った『好き』。
優しく接してくれる里の人達とも違った『好き』。
その特別な『好き』を伝えるチョコレートという心を、この先生にあげようと思った。
【作成中】
近くの本屋で「手作りスイーツ」なる初心者向けの本を見つけ、チョコレートの手作りに挑戦しようと思う。
だって、商店街でもそういったお店では、女の子が沢山いて近寄るのも憚られるのだ。
皆、好きな人にあげるチョコレートを買い求めようとしてるのは分かる。
けど、
なんで、男はいないんだ?
なんか、サクラちゃんにも聞けない雰囲気だし、友達のシカマルやキバに聞いたら馬鹿にされそうだし。
木の葉の七不思議だ。
ともかく、本屋で見つけたその本を買って、その帰り道、商店街で材料を買って帰る事にした。
本を開けば、チョコのスイーツは山ほどあって、難しそうで読んでて目が回った。
第一、レンジやオーブンなんて無い家だから、オーソドックスなチョコレートを作ることにした。
あの人は甘いものが苦手らしいから、少しでも甘くないモノを作らなきゃ。
【こ、これは、失敗作!】
さて、このレピシによれば………
材料のカカオ豆、これはこの里どころか火の国の都に行っても手に入らないらしい。
手作りの意味合いにちょっと反する気もするが、板チョコを買ってきて溶かして作る事にした。
チョコを溶かすんだろ?
簡単、簡単!
オレは鍋に板チョコを割って放り込んだ。
そして、コンロに乗せて、ファイヤー!!
――ギャアアァッ!!
何だ! この物体は!!
失敗なのか?
失敗だよな…こりゃ…
もう一度よく作り方の本を開いて読んだ。
『チョコレートは細かく刻み湯煎で溶かす』
ん?「湯煎」って何だ? っつか何て読むんだ?
次のページを開いてみれば、写真が載っていた。
……むむ、チョコって奥が深いってばよ。
【渡すタイミングは、まだ…まだ…まだ……】
例の日。
やっぱり先生は遅刻をして来た。
一時間十五分…ま、平均的な遅刻時間だってばよ。
いつぞやは、ノホホンと昼にやって来た事があったんだ。
それに比べたらまだ良心的……って、許せる訳ないってばよ!!
任務ん時は遅れるなっての!
心の中で悪態をつきつつ、任務開始。
任務前に渡すってのも不真面目な気がして、昼の休憩時間に渡そうと思う。
が。
昼休みに、サクラちゃんがサスケに立派な包みを渡していた。
バレンタインのチョコだって。
サクラちゃんはサスケが好きなのを知ってたから、驚きはしなかったけど、先生にも二回り程小さい包みを渡していた。
え?! サクラちゃんも先生が好きだってば?
どうしよう…オレは表情には出してない(と思う)けど、パニックに陥っていた。
先生もちょっと苦笑しながら受け取っていた。
そして、サクラちゃんはオレの方に振り向いて、先生と同じ包みをもう一個オレにもくれた。
ええ?! オレにも?――
パニックは二倍だってばよ。
無言でいたら、サクラちゃんはオレが何か勘違いしてると思ったのか、焦った様に「先生とナルトのは、義理チョコよ」と付け加えてきた。
ギリチョコ? 何ソレ…
バレンタインのチョコって何種類もあるってば?
「義理のお返しは三倍だから」
なんて、サクラちゃんの言葉に、オレのパニックも三倍になった。
ともかく、先生に渡すチョコは任務終了後にすることにした。
【受け取って!】
「任務終了、お疲れさん」
そう云って、先生は瞬身で姿を消した。
チョコを渡す隙どころか、話し掛ける隙すら無かった。
今日に限ってなんで逃げる様に帰るってば?
少し哀しくなりつつも、先生の行き先は分かっているから、オレも里中心部に向かう事にした。
一楽の近くで先生の後ろ姿を見つけた。
駆け寄ろうとした所で、若いねーちゃんが先生に話しかけてきた。
歩きながらイチャパラを読んでいた先生が、視線をそのねーちゃんに向けたけど、何か手渡そうとしたのに気づくと何か云って足早に離れて行った。
ねーちゃんが渡そうとしていたのは、サクラちゃんがサスケに渡したのと同じ様な(でも大きさは1.5倍)可愛くラッピングされた包み紙。
チョコなんだろうなーと思う。
サクラちゃんの云う、『本命チョコ』。
先生は、あのねーちゃんのチョコ(心)を断ったって事だろうか。
ああ、そうか、受け取って貰えない可能性だってあったんだ。
いくらオレが先生を好きでも、先生がオレを好きじゃなかったら、受け取って貰えない。
オレの作ったチョコも、心と一緒に空回りするだけ。
それでも諦め切れずに、先生のだいぶん後ろを付いて歩いていたら、さっきの様なねーちゃんが数人話しかけて来て、やっぱり例外なく先生が断りを入れて離れて行くのを見た。
アカデミー内の受付所に入って行った先生を待つ為、門を出たとこでオレは待った。
とりあえず、渡すだけ渡してみようと思う。
そして、先生が困った様な顔をしたら云うんだ。
『ギリチョコだってばよ』
そうすれば受け取ってくれる筈。
サクラちゃんからのチョコみたいに、苦笑しながらも――
門のすぐ横、壁に背中を張り付かせて待っていたら、門の向こうから先生が覗き込んで来た。
もしかしなくても、後ろを跟けてたのがバレてた?
「どしたの?」
ニッコリいつもの笑みで聞いてきたから、オレは勇気を振り絞ってポーチから取り出したチョコの包みを渡した。
ちょっと驚いた様に目を見開きながらも、嫌な顔はしなくて……
でもそれ以上は先生の顔を見ていられなくて俯いたら、先生の腕がオレの身体を軽々と抱き上げ地面を蹴った。
あっという間に何処かに運ばれ、気がつけばテラスの手摺に二人して座っていた。
二人ってのは、間違いなくオレと先生で……
「ありがとね…ナルト」
先生は嬉しそうな顔でオレのチョコを受け取ってくれた。
通りがかったねーちゃん達にも、ましてやサクラちゃんにも向けなかった嬉しそうな表情に、オレは嬉しくて泣きそうになった。
そして、初めて作ったオレの指紋付きのチョコを食べてくれた。
バレンタインのチョコの本当の意味を知ったのは、ひと月後。
カカシせんせいから『お返し』と称した可愛いキャンディの詰合せと、それ以上に甘いキスを貰った時だった。
お題配布サイト「TOY」より。
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