頂き物

□さよならが言えない僕は臆病者ですか?
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初恋は可愛い女の子だった。当時の俺は引っ込み思案な部分が強くて、無邪気で快活だったその子に声をかけることが出来なかった。よく笑う彼女はきらきらと輝いてみえて、そんな彼女を見るだけで胸が高鳴って、ああ、これが恋なのだと理解した。けれど、結局一言も声をかけないまま俺の初恋は終わってしまった。
それから数年が過ぎて、新しい恋をした。かつて好きだった彼女と同じきらきらした笑顔を俺に向けてくれる、無邪気で快活な彼。そう、彼、なのだ。相手は俺と同性で同い年の従兄弟なのだから。何かの間違いだと思ったけれど、彼の笑顔を見て感じる胸の高鳴りは以前感じたものとまるで同じだった。
初恋の少女に対して感じたものと、同じ。

侑士!

嬉しそうに俺を呼ぶ声が好きだった。けれど、中学入学と同時に遠く離れた東京へ来てしまい、彼の声が聴けなくなった。電話越しではない生の声が聴きたいと思った。

その状態のまま年月が過ぎ、気が付けば3年になっていた。1度は諦めた全国大会に出場出来ると知った時、真っ先に浮かんだのは彼の顔。
四天宝寺は全国の常連校であるから、彼も出場するに違いない。そう思うと嬉しくて仕方なかった。





「侑士!」

背後からの大声に自然と笑みが零れる。振り返ると、大好きなその声が近付いてきて、真正面で止まった。

「久しぶりやな!元気そうで良かったわ」
「お前もな。しっかし派手な頭やな。アホみたいやで」
「いちいちうっさいわボケ!お前は昔からなあ…」

ぶつぶつと文句を言う少し拗ねたような表情が可愛いと思ってしまった俺は末期だろうか。こんな風に軽口を叩き合う関係が好きだ。この距離が変わらなければいいとも思う。けれど、最近堪えられないんだ。このイケナイ感情を伝えたくて仕方がない。次に会ったら言おうと決めていた。深く息を吸い込んで、震える掌を握り締めた。

「謙也」
「ん?」
「あんな、俺ずっと言おう思うとったことがあんねんけど、」
「何や、改まって」
「俺、な。お前んこと―…」

「謙也!」

まるで見計らったかのようなタイミングでよく通る声が謙也を呼んだ。
こちらにあった視線が声の先に向けられる。その時の謙也の表情を見て、気付いてしまった。

(ああ、そうか)

こちらに走り寄ってきた男はとても整った顔をしていて、さらさらとした銀色の髪を揺らせている。すぐに部長の白石だと分かった。挨拶替わりに軽く笑むと、白石も微笑を返してきた。

「こら、謙也!急にいなくなったら心配するやろ」
「白石は大袈裟なんやって。子供やないんやから大丈夫やっちゅーのに」
「頼むから黙っていなくなるん止めてや」
「はいはい」

謙也が白石に向ける目はとても優しくて、白石が謙也を見る表情もまた同じように優しい。それに、先程の謙也の表情。愛しいものを見つめるように少し上気していた。俺にはそれだけで分かってしまったんだ。2人の関係と、俺の恋の行方が。

「謙也、そろそろ戻んで」
「おう。すぐ行くから先行っとって」

少し不服そうな白石の横顔を見て、俺に嫉妬しているのだと悟った。改めて俺の入る隙がないことを知って胸が痛んだけれど、それでもいいと思った。謙也が幸せならそれでいい、なんて考えられる程、俺は出来た人間ではない。
けれど、俺は謙也の笑顔が好きだから。俺に向けられたものではなくても、謙也の笑顔を見ていたい。

「ほな、またな。今度電話するわ」
「謙也、ちょい待ち」
「なん?」

不思議そうに俺を見つめる謙也を抱き締めたくなった。ぐ、と堪えて右手を差し出す。きょとん、とした様子の謙也に思わず破顔した。

「握手してや」
「はあ…?何で」
「何でも」

小首を傾げながらも、謙也は右手を出して俺の手をぎゅ、と握った。なあ、白石。手を繋ぎたい、なんて贅沢は言わないから、せめて握手くらいは許してくれよな。

「おおきに」
「?おう」
「ほな、俺も行くわ。跡部がそろそろキレるやろうし」
「ははっ!大変やな。ほな、また!」

遠ざかっていく背中を目で追う。それはだんだんと小さくなって、遂には消えてしまった。いつの間にか遠くなってしまった俺達の距離。それを今改めて突き付けられたようで、胸の奥がちくり、と痛んだ。


さよならが言えない僕は臆病者ですか?


(また、なんて言葉で誤魔化して)
(手に入らないと分かっても)
(声が聴きたいと思ってしまうんだ)


.♪.
 

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