捧&宝物
□オリオンをなぞる唇
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満員とまではいかないが、それなりに混んでいる、閉鎖空間は酷く自分をイラつかせる。
しかし、この状況ならいくら陥っても構わない。
そう、―目の前にいるコイツを囲えるこの状況、なら。切れ長の漆黒が見下ろす先は、仏頂面を先程から浮かべている恋人の姿だ。
しかしそれが、不機嫌からではないと、車内の揺れにより時々覗かせる赤い耳から窺える。
だからこそ、漆黒の目を細める彼「五十嵐亮太」は普段ならイラつくはずの状況を、楽しいものだと思えるのだ。
「っ…近ェんだよバカ」
「仕方ねェだろ、この状況じゃ」
暫くは開かないであろう扉を背に寄りかかる恋人の頭上付近に、肘をつけて見下ろしながら喉を鳴らして笑うと、フンと鼻を鳴らしながら顔を背けられた。
その姿が、堪らなく可愛い。
オマエは知らないだろうな、オマエが他の野郎に痴漢されたりなんぞされたくないから、こうして囲ってることなんて。
それを言ったらからかわれるのが分かるから、言ってやらない。
自分の優しさやどれほど愛しているかの尺度なんて、知られたくないからだ。
唇を軽く尖らせながら俯く恋人の手を取り、わざとらしくゆっくりと指と指の合間に己の指を滑り込ませ、絡める。
すると、赤い耳を更に赤くさせながら「何するんだバカ」と睨みつけ、細い肩を跳ねさせた。
性的なことに関してはやたら強気で、ムカつくくらい煽るのが上手いくせに、この手の些細な触れあいに照れるコイツが、密かに可愛いと感じる。
こういうのもギャップと言うのかは知らないが、…とにかく可愛い。
だがそれも、言ってなんぞやらない。
代わりに皮肉めいた笑いを浮かべながら指を絡ませ「このくらいどうってことないだろ?」と挑発すれば、やたら負けず嫌いだからか、本当は恥ずかしくて仕方がないくせに「当たり前だ!」と強気に返される。
…そんなバカな辺りも好きだなんて、死んでも言ってやらねぇ。
だから。
「可愛い、千夏」
わざと耳元で、低く甘く名を囁いた。
瞬時に顔を真っ赤にしながら、腹パンを入れてきた為、揺られる車内の中…目的地までは、暫くダイレクトな意味での腹痛に悩まされた。
それでも、好きだなんて。
愛しいだなんて。
―オマエは、知らないだろ?