短編2

□駆け出した
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朝の電車は乙女にとって
最大の敵である


…なんて、言ってみる


実際、髪や服は乱れるし
痴漢に遭う危険もある


毎日が戦いなのだ


満員の車内を見て
一本遅らせようかと
迷っていたら
車掌さんが背中を押した


私はなされるまま
満員電車に詰め込まれ
地に足が付かないような
状況である






降りる駅までは
まだあるけれど
私は気付いてしまった


私の髪が誰かのボタンに
絡んでしまったのだ


マズいなと思うけれど
生憎ハサミはない


話しかけるしか
手はないだろう


『あの、すみません』


「俺ですか?」


『はい、』


私の顔を見た相手は
同じ年くらいの男の子で
身長が高くスラッとして
しかもイケメン


ちょっぴり緊張、


「どうかしましたか?」


『貴方のボタンに
私の髪が絡んでしまって』


「ハサミ持ってるので
今、切りますね」


『すみません』


伸ばした髪を
切ってしまうのは
何だか悲しいけれど
しょうがない


ハサミを取り出した男の子


刃先が絡んだ髪の毛に
向けられた


ちょきん、


『あれ、』


切れたのは髪ではなく
男の子のボタンを止めていた
糸だった


「髪は女の命だろう」


笑った彼に
胸が大きく騒いだ


このご時世、
どれだけの人が
彼みたいに行動出来るのか


『ありがとう』


<<学園前、学園前
降り口は右側に――…>>


「あ、俺
ここで下りるから」


『あの、ボタン!!』


「それは君が
持っていてくれないか?」


柔らかく微笑み
男の子は人混みに消えた


だけど私の胸の高鳴りは
消えることはなくて


持っていてというのは
また会おうって事で
良いのかな


名前が解らないと思い
ボタンを裏返してみれば
何か彫られていた


『(Genda…ゲンダくん)』


心の中でそっと
名前を呟けば
胸に温かさが広がった


『(早くまた会いたいな)』




「あれ、源田
第二ボタンは?」


「卒業式じゃないだろ
気が早すぎだ」


「で、好きな奴?」


佐久間の言葉に
源田の頬は赤く染まる


「名前とか、容姿とか
教えて欲しいッス」


「名前は知らないが
切るには惜しいほど
綺麗な髪の持ち主だ」


何だそれとか聞こえるが
この際全て無視だ


長年の片想いが
少しとは言え
前進したのだから



駆け出した君と心音



*

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