「受け取って欲しいんだ」




そう言われて、思わず差し出されたものとそれを握っているその人の顔を見比べてしまったのは仕方のないことだろう。
優しそうな眼差しの奥に真剣な色。目の前にあるのは名前も知らない色とりどりの花束。
けれどいくら考えてもその人物に心当たりはなかった。当然、こんなものを貰う理由にも。



「君にあげる。…だけど、」



受け取ることも拒否することも出来ずにただぽかんとしていたシンはその言葉に顔を上げる。さらさらと揺れる色素の薄い髪は太陽に照らされてとても綺麗だった。



「その花束を受け取るのなら、君の全部をもらうよ」




君のための花束




「お帰りなさい。…あら?お友達?」


家の玄関を開けると聞き慣れた母親の声がした。いつものようにただいま、そう返そうとしたのに。
口を開きかけたシンを遮るようにひょこりと顔を出した男はにこやかに告げる。


「はじめまして!息子さんと結婚することになりましたキラです」



「…は?」



自分の後ろにいた人間が放った言葉にいつもと変わらない風景がぴしり、とひび割れた。こんな時に限って揃っている家族全員の表情が笑顔のまま固まっているのが見える。


「な、なんでもないから!…ちょ、あんたこっち!!」
「でもまだ挨拶…」
「いいから!」



我に帰ったシンは凍ったままの家族にとりあえず適当に誤魔化して、慌てて爆弾を投下した人物の手を引いて階段を駆け上がる。不服そうに挨拶をねだる意見は無視だ。というかそんな場合じゃない。


ばたん、ぼす。
自室に飛び込むようにして瞬時に扉を閉めると、そのままの勢いでベッドの上に座らせる。きっとまだみんな凍ってるんだろうな、と後々の事を考えると頭がくらくらした。



「あんた!いきなり何言い出すんですか!」
「やだなぁ結婚する相手に敬語だなんて。他人みたいじゃない」
「…じゃあ、タメで。何言い出すんだよ!つーか結婚てなんだ!」


へらへらと笑う男に大声で捲し立てる。当然の質問だ。確かにそう思っていたのに目の前の人は何言ってるの、と怒った顔をした。


「ちゃんと初めに言ったでしょ、えっと…そういえば君の名前なに?」
「シンだよ!シン・アスカ!」
「そう、シンくん。シンくんに花束を渡したときに」





『その花束を受け取るのなら、君の全部をもらうよ』




「…って。なのにどうしたの今更?」
「そりゃ言ったけど、ぜ、全部貰うって…結婚って…えぇぇ!?」



ぐわんぐわん、頭の中で奇っ怪な音が響いたようだった。
…確かに間違ったことは言っていない。全部貰う、聞きようによってはプロポーズだ。
だが、自分は男で彼も男だ。そして何より。



「…俺、あんたの名前すら知らないんだけど…」
「そういえば言ってなかったかもね。キラ・ヤマトです。よろしく」



今気付いたと言わんばかりにキラと名乗った男はまたへらりと気の抜けた顔で笑う。
手に持っていた大きな花束をぼとりと床に落としてシンは呆然とした。


「…えーっと、キラ。俺達初対面だよな?」
「うん、君を見たのは今日が初めてだよ」



やはり自分の記憶は正しかったのだと上手に動いてくれない脳で理解した。見たことも会ったことも話したこともない。
初めての会話は今日、あの場所で花束を渡された時だったのだ。



「それでなんで結婚?」
「君しかいないと思って」
「…悪い、全然わかんないんだけど」
「うーんと、一目惚れって言うのかな?見た瞬間ビビってきたんだ」



シンが落とした花束を拾いながら嬉しそうに顔を緩めてキラは言う。近くにお花屋さんがあったからプレゼントにしようと思って買っちゃった、なんて付け足しながら。


「…俺、男なのわかってるよな?」
「知ってるよ。でも好きになっちゃったんだから関係ないじゃない」
「関係ないって…」



無言になったシンをじっと見つめて、不意に目を閉じたかと思うと抱えた花束をシンに向かって差し出した。開いた瞳は出会った時と同じ真剣な眼差し。


「な、なんだよ」
「シンくん。…シン」



呼び捨てで呼ばれて心臓が跳ねた。金縛りにあったように体の自由が奪われる。まるで今日最初に出会った時のように。
だからきっと彼がこう言うこともわかっていたのだ。





「僕のものになって」










(ああもう、俺駄目かもしれない)


降参だ。いくら強気に反論しても断れるはずがない。結局自分だって同じだったのだから。
その人を見た時、感じてしまった。運命ってやつを。
綺麗だと思った。だから動けなかった。

『君の全部をもらうよ』

…そして、好きだと思ってしまった。
自分の心臓があんなに激しく鼓動を打ったのは多分初めてだったと思う。
つまり同時落ちだ。数分の差はあれどお互いがお互いに一目惚れしたのだから。





「…くそッ!責任とれよなバカっ!!」




自棄になって奪うように拐った花束を両手で抱えて火照った顔のままキラを睨む。
一瞬ぽかんとしたキラだったが、次の瞬間には真っ赤な顔で睨んでくる少年にぷっと吹き出してしまった。



(ほんとにもう可愛いよ、シン)



そういえば最初に花束を渡した時も真っ赤になって受け取ってくれたっけ。
あの時のことをを思い出すと余計に嬉しくなって、出会ったばかりの恋人を花束ごと抱き締める。
抵抗もせずにただ身を任せるだけのシンの耳元で勿論、と呟いて出会いと同じ顔で笑った。





(運命ってあるもんです)


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<君のための花束>

Titleはzincさまより。長い間拍手でした。

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