「愛しかたに間違いなんてあるの」
突き放すように言った言葉に、アスランは多少怯んだようだった。当然だ、長い間一緒に居たけれど彼に向かってこんな口調で話したことはない。
アスランは優しい。そして正しい、いつだって。けれどこの事に関しては譲る気は毛頭無かった。
睨み付ける僕に悲しそうな目をする。やめてよ、そんな顔。君らしくないじゃない。
「これは僕達が決めたことだから。どうこう言うつもりなら君でも許さない」
どこまでもその表情を崩さない幼なじみにやけに苛々して、きっぱりと拒絶を示した。息を飲む音。躊躇いがちに視線を落として、アスランはぽつりと呟く。
「…それでお前は幸せなのか」
「勿論。今までにないくらい」
「…シンもか?」
「多分ね。だってこれはシンが言い出したことだし」
そうか、と言ってそれきりアスランは黙ってしまった。僕はそのまま背を向けて自分の部屋へと歩きだす。
見ていられなかった。大好きな友人が、自分達のことであんな顔をするのを。
(…それでも、)
できることなんてないでしょ。僕にも君にも。
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いつものように君にキスをして、鎖骨を舐めて、それから。
僕とシンの関係は恋人ってことになる。…体だけの。
互いに寂しさを快楽で埋める、そんな繋がり。言い出したのはシンで受け入れたのは僕だった。
僕はシンのことを嫌いじゃなかったし、寂しさがあったのも嘘じゃない。周りには隠していたけれどアスランにはばれてしまった。それが良かったのか悪かったのかはわからないけれど。
「…シン?」
自分より少しだけ小さな身体を抱き寄せていつもみたいにあちこちにキスをしていたけれど、彼の様子がおかしい事に気付いてその動作を止めた。
名前を呼んでも僕の首にしがみついたまま離れない。服の上から冷たい感触が降ってきて、漸くシンが泣いていることに気付いた。
「…何かあったの?」
「別に」
「だったらどうして泣いてるの」
その両手を掴んで引き剥がすと、やっぱり彼の瞳には透明な液体が溜まっている。見られたくなかったのかも知れない、すぐにもう一度首に手を絡めて顔を伏せた。
君が涙を溢す理由はなに?
知りたかったけれど聞けはしない。普通の恋人同士のような甘い慰めなんかしてはいけないから。それがルールだ、この関係の。
「泣いてもいいよ」
だから、どうしてこんな言葉が出たのかは自分でもよくわからなかった。ただ君が1人で泣くのが悲しくて、力になれるなら。そう思っただけなのに。
「…何言ってんだよ」
腕の中の君は低い声でそう告げた。その冷たい響きにびくりとこの身体は反応する。
自ら絡めていた筈の腕をほどいて、両手は僕の肩を鈍い痛みが走るくらいに強く掴んだ。
「俺があんたに泣いて縋ること程滑稽なことは無い」
…またその目か。
僕を見る君の目は、怒りに燃えていた。けれど口元だけは奇妙に吊り上げられて、形容し難い笑みを作る。
こういうのを狂った笑顔と言うんだろうか、なんてもう1人の僕が遠い場所で考えていた。
現実の僕は君によく似た歪な笑みを貼り付けて、「まぁ正論だね」と呟く。
どこまでも冷たい声だった。
『お前の愛し方は間違っている!』
君のあんな顔も久しぶりに見たっけ。
『そんなのお互い虚しいだけだろう!』
(だったらアスラン、教えてよ正しい愛しかたってやつを)
ぎしり、ぎしり。
ついさっきまでとは違う涙を浮かべるシンを組み敷いてお決まりになった行為を繰り返す。なんの意味もなく何ももたらさない快楽のぶつけ合い。
例えば僕が今君を抱き締めて愛を囁いたとして、何が変わるだろう。
何も変わりはしない。きっとまた手を振り払われて終わりだ。
こんな始まり方をしてしまったから、今更何を言ったとしても伝わる想いなどない。
これは君の復讐だ。
今や僕に絶望を与えるだけの存在になった君の。
もういいのに。君を好きになってしまった時点でとっくに復讐は成立してるんだから。
僕は今もこんなに絶望してる。
シンは泣く、ひとりで。
僕はこの手を伸ばせない。
何よりも孤独な愛し方だ。
(成る程、確かに虚しいね)
それでも、形式どおりの恋なんていらない。
この関係すら終わってしまうのなら。
ベッドの軋む音と君の声を交互に聞いて、死んでしまったもう1人の僕が涙を溢した。
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<形式どおりの恋なんていらない>
Titleはzincさまより。当時は「こんなに暗くてお礼…!?」と悩んだものです。笑