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□過去拍手お礼文詰め合わせ
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二人の日常〜ver.gray〜






自室のドアを開けた途端、上品な紅茶の香が鼻腔を擽った。
疑問に思うまでもなく、テーブルの上にはアンティーク調のティーセットが一組。
それは、先日上陸した島で彼女が買ったものだ。
カップは二つ用意してあり、どちらも中身は入っていない。


「早速、か。」


自分の口元を笑みが過ったのがわかった。
まず向かうのは、部屋の隅の執務机。
くわえていた煙草を、机の上にある灰皿に押しつける。
せっかくのこの香を、煙草の匂いで掻き消したくはない。

火が消えたことを確認し、今度はテーブルの前の二人がけソファーに歩み寄る。
そして、右寄りに座っている彼女の横…つまりはソファーの左側に腰を下ろした。


「――……。」


静かに、だがはっきりと隣から聞こえてくる、健やかな寝息。
彼女は、ソファーに座ったまま眠っていた。

おれがドアを開けた瞬間、彼女が何の反応も示さなかった時点で、それは分かり切っていたことなのだが。
いつもなら、ドアを開けるなり満面の笑顔でおれを出迎えてくれるのだ。
…それにしても。


「(無防備すぎだろう…。)」


彼女の寝顔を眺めながら、そんなことを思う。
こんな至近距離に人がいるというのに、彼女は身動ぎ一つせずに夢の中。
おれがいる場所で無防備なのは結構なことだが、誰に対してもこんな状態ならば、大いに問題ありだ。
色々と心配すぎる。


「(…今度注意しておくか。)」


と、内心でそんな小さな決意をした時。


「――……。」


コテン、と。
肩に感じた微かな重み。
彼女の頭が、おれの肩に預けられていた。

初なガキではないおれが、これしきの事で動揺することは決してない。
しかし。


「(…あァ、ほんとうに)」


これしきの事で、彼女に対する愛しさが増してしまうほど、おれは彼女に溺れている。
どこかの船長に言わせれば、『ぞっこん』なのだそうだ。
否定はできない。


「(いい夢を…。)」


胸に溢れるこの愛しさを伝えるために、彼女の綺麗な髪にそっと口付けた。
すると、紅茶とはまた違った、甘い香が届く。

あァ、シャンプーを変えたのか。
いい香だ。




「(平和だな…。)」



見慣れた天井を見上げながら、穏やかな静寂に耳を澄ませる。
遠くの方で、クルー達の豪快な笑い声が聞こえた。

…あァ、彼女の眠気が移ってしまったようだ。


「(―――…。)」


過ごしやすい春島の気候と紅茶の香、さらには彼女の甘い香が相まって、急速に眠気が侵攻してくる。
これはもはや、振り払えるレベルのものではない。
急ぎの仕事もない今、おとなしく睡魔に降伏してしまうのが賢明だ。


「(……おやすみ…。)」


潔く抵抗を諦めたおれは、彼女の髪にもう一度唇で触れると、緩やかに意識を手放した。

彼女が隣にいるのだ。
きっといい夢が見られるだろう。












「ベック、入るぞー?」

「ちゃんとノックしなさいよ。」

「…………。」

「…シャンクス?どうしたの?…って…………」

「……すげェレアだぞ、『あれ』。写真撮っとくか?」

「すごい奇遇。私も同じこと考えてた。」

「よし、カメラ取りに行くぞ。」

「Yes,sir.」








この『レア写真』を見せられ、赤面した彼女が女部屋に立てこもってしまうのは、もう少し先の話。

この写真が、船長の手によって密かに航海日誌の1ページに貼られるのは、さらにもう少し先の話である。




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