有り難き家宝

□うたたね
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そうと決まれば、と早速ネギを刻みに行く近藤を、妙は着物の端を引いて呼び止めた。


「待って。もう少しこのまま…」


「参ったなぁ…お妙さんたら、甘えん坊さん♪」


「…だ〜あれが、甘えん坊だゴルァ」


愛する妻に恐ろしい形相で呟かれ、近藤は唾を飲み込みその場に座りこんだ。


ぽかぽかと陽のさす縁側で、愛妻と久しぶりの休暇を過ごしている。


たまにはこんなのも良いですね、とにやけた近藤が言いかけた時、妙はぼんやりと夫の部屋を振り返っていた。
視線の先には、彼の愛刀が――。


近藤は何かを悟ったかのように、小さく首を振り息を吐いた。


それから、ゆっくりと妙の腹部に手をやった。
まだ膨らみ始めたばかりの、しかし確実に小さな命が宿っているそこに、そっと触れる。

びくり、と妻が目を見開いた。


「お妙さん、あの…俺は…俺ぁ…」


「…この子が大人になる頃、あの刀が要らないものになってたらいいなぁ、って思って働いてるんだ」

「!」


「そりゃ、虎鉄ちゃんは…
…刀は、俺たち侍の命だし、いくら時代が変わっても宝に変わりはない」


「…そうでしょうね」


「でも、この子がお妙さんとの間に出来てからね。刀が必要ない、平和な国になって欲しいって気持ちがますます強くなった」


黙って腹を撫でられながら、妙は夫を見上げた。


“…なによ。もう、すっかりお父さんの顔してるじゃない。
何も考えずに、刀振り回してるだけかと思ったら”


そう思い、少し安心してみると、妙の眠気は最高潮に達した。
それからコホンと咳払いすると、小さく囁いた。


「勲さん。このまま、少し休んでもいいかしら?」


近藤は可笑しそうに笑い、どうぞ、と言った。


ふわりと微笑み、それでは失礼して、と夫に寄りかかった妙の上下のまぶたは、ゆるゆるとくっついていった。


妻が眠りについたのを確認すると、男はその腹から手を外し、
そしてそこに向けてそっと話しかけた。


「父ちゃんが守ってやるからな。安心して出てこいよ!」


さて、俺も一眠り。
近藤は妙が倒れないように気をつけながら、近くの柱に寄りかかった。


ぽかぽかと陽のさす縁側で、愛する妻とうたたねなんて。
しかも、次の夏を越え秋が深まる頃、守るべきものがもうひとつ、増える。




あぁ、俺は世界一の幸せ者に違いない。



そんな考えが、まどろみかけた頭をよぎり。


緩んだ口元をそのままに、近藤は意識を手ばなしたのだった。


それは、ある晴れた、穏やかな日のこと。




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