有り難き家宝
□うたたね
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久しぶりにとれた休日。
真選組局長・近藤勲は、自室でのんびり刀の手入れをしていた。
初夏の香り漂う皐月も半ば。
作業をしつつ心地よい風にも吹かれようと、庭先に面した障子は開け放たれている。
その庭を、からの洗濯籠を抱え、妻の妙が通りかかった。
「あら勲さん、ここにいらしたのね」
「お妙さん」
「ふふ。お妙さんは、いい加減やめて下さいな」
妙は困ったように微笑んで、隊士の人達に示しがつかないわ、と付け足した。
近藤は、ははは、と笑って自分の頭をかき混ぜた。
結婚して半年。
長年言い(叫び)続け、半ば癖になりつつあった彼女の呼び名を、急に変えるのは彼にとっては難儀なことだった。
それに対して、妻の方はあっさりと、祝言の朝から「勲さん」と呼び始め、周囲を驚かせたのだった。
「俺は少し、虎鉄ちゃんの手入れをね。この前の捕り物のあとバタバタしてて、きちんとあたってなかったから…」
「そうね、ここの所随分忙しかったものね」
妙は洗濯籠を持ち直し、夫と空を見上げた。
数日前、今は澄み渡っているこの空から、激しく冷たい雨が降り注いだ晩、夫は部下に抱えられるようにして帰宅した。
その夜攘夷浪士同士の密談に踏みこみ、一斉に摘発をするという任務が真選組にあったこと。
自分が現場でその指揮をとっていたこと。
最後の負傷者を助けに思わず現場に乗り込んだ際、流れ弾が足にあたったこと。
……全てが済んだ後。
それらを、自宅で数日療養していた夫から聞かされた。
妙は振り返って、仰ぎ見ていた空から、視線を夫に落とした。
と、その時には近藤はとっくに、妻の顔を見つめていたのだった。
「…そんな表情(かお)しないで下さいよ、お妙さん。この間は、ちょっと油断しちまっただけだから」
「あなたの場合、その油断が命とりなんですよ」
妙は一言、投げつけた。