シンビジウム


□one
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─言いたかった─


─言えなかった─





これは終わりなんだろうか

それとも始まりだろうか




先の見えない未来に
不安と期待と希望を背負って


今、物語が始まる





──【シンビジウム】──




















ぴぴぴぴ…





間抜けな電子音が響く
酒が回りきった頭にはそんな微かな音さえも鈍痛をもたらす



早く消してもう一度寝てしまおう。そんな思いを抱いてあげた腕は誰かに遮られてシーツの中に押し戻された



続いて消える電子音





(……?)




そういえば自分しかいないはずのベッドはやけに暖かくて背中には硬いなにかが当たっている





思わず目を開けば
自分の部屋ではない、が
よく知っている景色だ



ということは今、現在背中から抱きしめてあたしの肩に雨のようなキスを降らせている彼は─






「左、之……」



「ん…?」




酒で焼けた喉は掠れた声しかでなくてあたしの声は彼に聞こえなかったらしい


むしろ肩を掴まれて仰向けにされれば間髪入れずに熱いキスが唇に落ちてきた





「あ、んぅ、はっ…」



じん、と身体の芯が疼いて昨日の情事を思い出させる


しばらく余韻に浸っていれば太股を意味ありげに撫でていた手が内股に伸びてきて慌てて唇を引き離した





「名無しさん…?」



「そんなに連続だと身体もたない。…左之は元気すぎ」




不満げな彼のおでこをぺちん、と叩いてやれば左之は悪ぃ、と呟いてあたしの上からどいた




左之に続いて起き上がって乱れた前髪をかきあげたところで、漸く昨夜の記憶が戻ってくる




週末。それも土曜日ということもあって、あたしの働くヘアサロンはもの凄く忙しかった


ヘアメイクだけじゃなくてネイルサロンも兼用してるからまさに昨日は戦場状態で


予約はもちろん飛び入りのお客様もきちんとメイクアップさせる




そんな嵐のような一日をようやく終えて、美容師やネイリストの子を先に帰しその日の帳簿をつけていたあたしに掛かってきた電話



【もしもし?名無しさんか?】


「あ、左之?」


【仕事終わったか?今日会社早く終わったから迎えに行ける】


「本当に?ありがとう。……あ、でもまだ帳簿が終わってないし、時間かかりそうだから今日はいいよ」


【そんなにかかるのか?なんなら待っとくぜ?】


「そんなの悪いし…たまの早帰りなんだから早く休みなよ」


【ったく、オーナーは大変だな】




電話の向こうから聞こえる声
低くて優しくて思わず身を委ねたくなるような暖かい彼の声



くくく、と茶化すように笑う彼にあたしはパソコンにかじりついていた身体をようやく伸ばした





「まだオーナーじゃない、チーフ」



【そのうちオーナーになるだろ】


「さあね」






ひととおり笑いあったところで、じゃあ、と左之が呟く




【帰る時メール入れろよ。あと帰りついた時も、】


「うん」


【明るい道通れよ、コンビニとかファミレスとかあるとこ】


「わかってる」


【携帯、ポケットに入れとけよ。なんかあったら連絡しろ】


「はいはい」


【あんま遅くなるなら迎え行くから、頼むから一人で帰るなよ】


「相変わらず心配性、大丈夫だよ、左之」


【お前を守るのが俺の役目だろ】




あまりの彼の心配ぶりにそれならすぐ迎えに来て。なんて冗談を言ったのが悪かったのかもしれない




明かりを消したお店の前に左之を乗せたシルビアが現れるのは、あたしがそう呟いてから約15分後のことだった
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