シンビジウム
□two
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部屋の隅に座り込んで
声にならない叫びを押し殺して
涙をぼろぼろ流してから
1時間ほどたっただろうか?
とりあえずこのまま泣いていても仕方ないと立ち上がったあたしの行動は凄まじいほど早かった
まず左之の家にあったあたしの着替えや私物は段ボールに詰める
お揃いの歯ブラシやらマグカップやらは持っていく勇気がなくて、ひとまとめにしてビニール袋にいれ、ごみ箱の横に並べておく
化粧ポーチやら携帯やらをカバンにつっこんでコートを着て
左の薬指に光る指輪をダイニングテーブルの上に置く。結婚指輪じゃないにしろ外すのに手の震えが止まらなかった
それからつけていたペアのネックレスを外して指輪の隣に並べ、小さなメモ紙に書き置きをした
扉を開けて流れこんできた冷気に思わず身を縮めて少しあいた隙間をすり抜ける
昼過ぎという時間帯なのにコートなしでは歩けないのはやはり冬だからだろう
振り返ってバックから合い鍵を取り出すと玄関の扉を施錠しポストに手を伸ばす
あとはこの合い鍵をポストに入れてしまえば二度とこの部屋に入ることはできなくなるんだ
そう思うと一瞬
鍵を握る手が震えた
「…さよなら、しなくちゃ」
カチャンッと小さな音をたて、あたしの手から離れ落ちた合い鍵がポストに飲み込まれていった
─これで、あたしはこの部屋に二度と入ることができない─
ためしにドアノブをひいてもガチャガチャと不快な音がするばかりで。
いつまでもここにいたくなくてあたしは小走りでエレベーターを目指した
これから、どうしようか。
そんな不安ばかりが頭をぐるぐると巡っては消え巡っては消える
とにかく左之には
二度と会うつもりはない
また出会ってしまったらあたしは絶対左之から離れられなくなるような気がして。
あたしは左之との繋がりをすべて切り捨てることにした
まずは自分のアパートを引き払って、左之の家から持ってきた段ボールや服などは実家に送った。家具は売っぱらって当面の資金に。
携帯も一度解約して、新しいものに買い替えた
アドレス帳には伊藤さんの電話番号だけ。最後に伊藤さんに電話をかければ、あたしの無駄な足掻きも終わる
「…ありがとう、ございました」
腹をくくって
伊藤さんにかけた電話
オーナーを辞退して
仕事を辞めた
自分のビューティーサロンを持つことは小さい頃からの夢
だけどあの店には左之との思い出が多すぎて。やっていける自信がなくて、あたしは逃げ出した
本当に夢を叶えたいならまた別の場所でお店を開けばいい。そんな言い訳を自分にして。
伊藤さんには実家の母が病気になったから療養のために会社を辞めると嘘をついてしまった
けど伊藤さんは「名無しさんちゃんが帰ってくるのを待ってますからね」って、困ったことがあればいつでも相談にのるから、と言ってくれた
ごめんなさい
ごめんなさい
たかが恋愛で会社を辞めて
あなたの好意を無下にして
期待に応えられなくて
ごめんなさい