零式短編
□嘘しか言わない天使と嘘が言えない悪魔の日常
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「おい!」
「何ですか」
何ですか、じゃねーよ。
部屋に入ってみると、馬鹿みたいな量の資料を手に私の部屋にいるトレイ。挙動不審、と言う言葉がしっかり当てはまる、そんな状態。こいつはいつも挙動不審だけど、部屋に入ってきたのは初めてで私の苛立ちは隠せない。声をかけると、嬉しそうに私に微笑む。うぜー。
「女子の部屋に勝手に入ってなにやってんの?パンツ盗みにきたの?」
半分怒りながらトレイのもとに近づき、今にも殴りそうに睨みつける。近づけば近づくほど喜ぶから、私のイライラは更に増して行く。
「ふ、大好きな貴女の部屋で作業したらはかどるかと思いまして。まあ貴女のパンツも欲しいですg「黙れハゲ」
さも嬉しそうに、楽しそうに変態ネタを言うトレイがしょうもなくむかついて蹴りを入れるもおっと危ない、と難なくかわされてしまう。むかつく。死ね。
「あの」
「何?…っ!」
イライラしていると、トレイが唐突に私を引き寄せて抱きしめる。突然の事によろけて、体制を直す間もなくあっという間にトレイに収まる。ふわ、と香る男のくせにお洒落で良い匂い。
気を反らしていたが心音も瞬く間に上がっているのに気付いて、少し恥ずかしくなる。
こいつ身だしなみには気をつけるんだっけ。なんなんだこいつ、腹立つ。
「…おい変態」
そんな事を考えるも、何故だかトレイは私を離す気配がないので不審に思い声をかけた。
「…………………」
「何してんの、おい」
「…………………」
「…?」
「…………………」
返答がない為、この状態は十分恥ずかしくあるが意識を集中させると、静か…いや激しい呼吸音がトレイから聞こえる。
何だろう?ただの日常生活に必要な呼吸の度を過ぎている気がする。何だ?熱とか…
…あれ、まさかこいつっ…
「嗅ぐな!!!」
思い切り突き放す。そう、トレイこの変態は私を抱きしめ何をするかと思いきや、私を嗅いだ。嗅いでいた。
…変態の極みかお前。
…だいたいこいつは、私の事が好きすぎるんだ。いや、ナルシストじゃない、割と真面目に。ストーカー並みのこの追尾能力と変態さはこの世の変態お墨付き。(たぶん。)驚く位に嘘つけない、すぐ表情にでる…あ、またにやけてる。きもい。
突き放したトレイは少しよろけるが、すぐに体制を立て直した。精一杯の眼力で睨みつけると、さも愛しそうに微笑む。
「悪魔!!!巣に帰」
「好きです」
その無駄に端正で天使の様な笑顔に苛立ちはMAXに達し再び怒鳴ろうとすると、殴るために掲げた腕を強い力で制し、トレイは真顔で私を見つめて言う。突然の事に心臓が大きく跳ねて煩く加速し始めた。
…な、なんだ、これ。
「ドキドキします?」
慌てていると、トレイは挑戦的な瞳で私に問う。実際鼓動は収まらなくてそれどころか加速している訳だけど、喧嘩を売る様な態度になんだか素直になれなくて自分の気持ちに逆らって口が勝手に動いた。いや、言い訳、と言うべきか。
「しない!」
「そうですか?顔、赤いですよ」
「あ、赤くない!」
怒鳴ると、楽しそうに私の顔を覗き込んで言う。多分今、私の顔は真っ赤だろうと安易に想像できるけど、とにかく必死で否定する。そうじゃないと守ってきたものが崩れ落ちそうで、怖い。
「私の事、好きなんですよね。」
駄目押しの、一言。その言葉に心臓は素直に反応する。苦しい位に跳ねて、顔の温度が上がって行くのを感じる。多分今、私の顔酷い。
何か言わなきゃ。
何か言って、否定しなきゃ。
じゃなきゃ、私が私で無くなる気がしてむず痒かった。
「あ……あんたなんか大っ嫌い!!」
詰め寄るトレイに逃げ場をなくした私は精一杯の声で叫び、光の速さでドアを開け出て行きドアの前にそのまま座り込んだ。
…ドア越しにトレイが私の名前を呼ぶ声が聞こえてドキンとするも、腰が抜けて動けなかった。背中越しにトレイが居るのを感じて、何だか妙に恥ずかしい。
「…なに、あれ」
トレイが視界からいなくなってもまだ収まらない心音に耳を傾けると、凄く大きい音でドクンドクンとつま先まで響いている。そんなに走ってもいないのに呼吸も乱れている。初めての感覚だった。
…なんなんだ、これ。
たくさんの言い訳を思い浮かべる。キモい。変態。うざい。ストーカー。だから嫌い、大っ嫌いな筈なのに。いつも着いてきて、本当にしつこいのに。
いままでこんな感覚、味わったことがない
トレイ、私の心をもやもやさせるな。これは誤解だ、誤解だ。信じない。信じないんだ。信じなければ終わる。
だいたいこの感覚は想像がつくが、それとは無縁の世界で生きてきたから、どうしていいかわからない、というのが本音。妙に恥ずかしくて、認めるのは嫌だ。
足に力を入れて、無理やり立ち上がる。そのまま全力で走ってなるべくトレイから遠ざかろうとした。…馬鹿だ。何度嫌いと唱えても、消えようとしないもやもやがひっかかる。
「遥乃!!」
後ろの方でトレイの叫び声が聞こえる。声を聞いた瞬間足は自然に止まった。走らなきゃいけないのに、体は素直だった。
「遥乃、」
腕が掴まれる。逃げてきたのに、トレイを今すぐ振り向きたい
こんな気持ち、恥ずかしくて死ねる。
「だ、大っ嫌いだから…」
「嘘ですね」
「嘘じゃ、ない」
消え入りそうな声。
振り向こうとしない私に痺れを切らしたトレイはまた私を抱きしめた。やめろ、と叩くもそれは次第に力を増して行く。
「好きって言えるまで、離しません」
心臓が、大きく跳ねた。
その顔、反則。
…ああ、なんて事だ。
こんな奴。
「…………………嫌いだ、バカ」
嘘しか言わない天使と嘘が言えない悪魔の日常
変態ストーカーなトレイ。
オチってどうやってかくんですか
お題提供 lump