♂♀長編
□Z
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「遅い、遅いんじゃないかい!?リュー…!!」
机に爪を立て、片足を小刻みに床に叩き付ける。
復讐者と言う名の老婆は口角を引きつらせ行動からも苛つきを見せている。
リューが買い出しに行ってから3時間が経過していた。
時計の針は円盤の4分の1、9時を指している。
不安や心配などの感情の苛立ちでは無い、ただ自分へ従順になりきってないリューに腹が立って居るのだ。
これがいつも買い出しを風丸に頼む理由だ。
(風丸はいつも1時間程度で帰って来るのだ)
「(ああ、腹立つ!!)」
老婆は嫌いな物が増えた。
男の他に、
生意気な女。
きっと、いや確実に8年前の出来事が関わって居る。
次第にその怒りの矛先は物にぶつけられて行く。
皿を割り、机を殴り、椅子を壊す。
大きな音が静かな塔から生まれ、高くに響く。
━━勿論、彼にも聞こえる。
ベッドシーツに身体をくるめ、風丸は開かないドアに耳をつけ、事態を確認する。
「(何なんだ…!?)」
起きたらリューは居ないし、婆さんは半狂乱でキレてるっぽいし…!
ドクドクと心の臓が脈を打つ。
風丸の額には冷や汗がじんわりと滲む。
今までとは雰囲気が異なる老婆に彼は少なからず恐怖を覚えた。
その恐怖もまた違うもの。
何と例えようか。
間接的なものから直接的な恐怖━━"死"に変わったと言うべきか。
「……!!」
突如彼は顔面蒼白になった。
━━カツカツカツカツ!
老婆が階段を速足で駆け上がって来たのだ。
苛立ちは未だ消えては居ないらしい。
「(ヤバい!!)」
理由は無いが反射的にそう悟ったようで緊迫感が彼を襲った。
まだ起きて居ないフリをして難を逃れようとした時、
「よぉ、姉ちゃん」
「……!?誰だ!」
カツカツ、と言う老婆の足がピタリと止まった。
見知らぬ男の声がしたからだ。
男は風丸に耳打ちする。
「(オレに合わせな)」
「(あんた誰だよ…!?)」
「(んな事ぁどうだっていい)」
「(………!)」
訳が分からないまま風丸は男の剣幕に飲まれ頷く。
男はニッ、と笑い窓から部屋へ侵入する。
「よぉ、久しぶりだな」
「(……!)また来たのか…」
そういうことな、と風丸は含み笑いをして男を見ると彼もうっすら笑って居た。
「オレ今そういう気分じゃ無いんだけど…」
男はピクリと眉を動かし、風丸に近付く。
「いいからやらせろよ」
ボスッとベッドに風丸を押し付けていきなり首筋にキスをしてきたものだから風丸は演技どころでは無くなりつい本気で声を張り上げた。
「やっ、やめろっ!!」
ガチリと強く掴まれた手を必死に解き放とうとし、抵抗する音、声が耳に入ったらしく老婆は階段を下って行った。
「フー…行ったか」
パッと拘束していた手を離す。
風丸は目を見開いて男を警戒しながらおずおず話し掛けた。
「あ、ありがとう……」
「ああ、別に。こっちの都合で付き合って貰ったってのもあるしな」
男は羽織っていたボロボロのコートを脱ぎ捨てると近くにあった椅子に腰掛ける。
次いで周囲を見渡す。
入って来た窓とは言えない窓、
部屋の半分以上を仕切っているダブルベッド、
無機質な壁、床。
部屋の住人に繋がれた輪と鋼鉄の鎖。
「(…ん、……)」
そして
空色髪を持つ紅の瞳の綺麗な『女』。
まじまじと見入る。
髪色は違えど、雰囲気は違えど、何処か、
「似てる……」
ぼそりと呟いた。
何か遠いものを見ているかのように。
その言葉にぱちくり、風丸は瞬きを繰り返し「?」と脳裏に疑問を浮かべた。
「(あのクソババァ、趣味は変わってないようで)」
この塔も、住み処が薄暗い森っつうことも、縛り方も、隷女も。
「(……佐久乃)」
「あの…!」
「!あ、あぁ」
風丸の声で我に返り、男は記憶を遡り巡らせるのを止めた。
「オレ、風丸…あんたは?」
オレ…?
あぁ、『また』口悪い女か。
「明王、だ…」
「そっか……。あの、明王さん、ここ来るの初めてだよな…?何で、知ってるんだ?」
「………。昔、お前みたいに同じ扱いを受けてた女が居たんだよ」
「………?」
「佐久、乃…」
「(あ…)」
悲しそうな顔、だ。
意外だなぁ。
こんな怖そうな人がこういう顔するなんて……。
あ、言いそびれた…。
「(…オレは男ですよ)」
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