イナゴ長編

□two
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5月中旬、
雲一つない青が晴れ渡る空。

天気予報でも「本日は熱射病にご注意を!」と言われる程ジリジリと太陽が暑い。


「……では、この問いをー…」

定年間際であろう数学教師がカッカッと黒板の白文字をチョークで叩く。
この教師特有の癖だ。


「(あちぃ…だりぃ)」

暑さのためか意識がぼんやりと霞み、気もはっきりしないまま窓の向こうを少年は見る。

ピッ、ピッと笛の音が耳に通った。
どうやら校庭では体育を行っているらしい。
見た感じには一年と思われるぎこちなさは無いし、二年なら知ってる筈だし、と少年はふと目を輝かせた。



「(南沢さん!!!)」

紫色の艶目か強い髪が目に入る。
彼女のものだ、と少年は即座に理解した。

「(……体育なんかタルい、ってサボりそうなタイプだと思ったのに…)」


真面目だ、凄く。
陸上競技をやってるっぽいけど、なんつーか、こう…綺麗だ。

………あっ!
南沢さん走り出した!!
えっ…速!!

何あの人!?
スッゲーー!!


「(しかも一位じゃん!)」

南沢さんと一緒にスタートしたのって確か陸上部の人だよな…。
部活やってないのに、格好良すぎでしょう南沢さん!!


「(惚れ留まる事をしないな、あの人は!)」

オレも早く追い付かなきゃな!












「なにアイツ…」

「気にしちゃ駄目だよ?なっちゃん」

「(………!)」

日の照り変える大地。
灼熱のような校庭には約80人の生徒の数が。

その中の、トラック付近。

ハッ、ハッ…と小さく息を切らす人間が二人。
一人は複数の生徒に囲まれていて
もう一人は独り走行記録を見ている 。


「アイツ調子こいてない?」

「あ〜やっぱ思う?」

「ウリ女の癖に〜」

キャハハハ!と響く女子生徒の嘲笑は彼女の耳にもしかと通った。


しかし彼女が否定することは無い。
理由は、分からない。



「…………」

無視、いや無関心なのだろうか。
そんな彼女の態度に先程の女子生徒達は少なからず苛々としているようだった。

泣いて欲しいのだろうか。
キレて欲しいのだろうか。

ただ反応が無いから繰り返す。
悶える、またからかう。


ぽつり、彼女と並んで走った生徒が呟く。

「…ほんと、ムカつく……」




彼女――南沢には親しい友人が居ない。

女子の過半数は彼女を白い目で見て、尚且つ蔑む。
それ以外は彼女を避ける。


昔から『こう』だった訳ではない。
一年の時も、二年の始めの時も、彼女には友人が居た。

過去形、だ。

彼女も、彼女の周りの人間が変わったのも全ては二年の中旬頃からだ。


良く可憐な笑顔を見せていた少女は滅多に笑わなくなって、人と接する事を極力避けるようになった。

この前の一件を除いて…。



「(水、飲んで来よ)」

喉の渇きを潤すため、やや薄暗い水道の方へと向かって行った。
校庭から水場までは少し距離があるので、時間を無駄にしないようにと駆けて行く。

一人で、行く。







普段、陸上部でもあまり使われない学校の裏側に設置された、水道。

言わば忘れられた場所だ。

彼女は蛇口をひねり、水を口に含むとパシャパシャと顔に水を充てて短パンのゴムに挟んで置いたタオルで拭く。


汗っぽいのが苦手な、清潔感ある人物であることが伺える。

「(気持ちい……)」


くるりと踵を返して戻ろうとした、そんな時だった。



「みっなみさわー」

「!」

「こんな所で何してんの〜」

彼女には見覚えがある男子が4人。
特に印象深く南沢が記憶している人間が集団の右端に立っていた。


「よう、南沢」

「(…コイツは確か……)」

「昨日もオッサンとヤッてたのかよ〜?」

「「「ギャハハハハ!!」」」


下劣な笑い声が人気の無い場所に吸い込まれて、スッと消える。
きっと運動トラックには聞こえ無いだろう。


「(……あたしが、振った奴か…)」

面倒くさい、と言わんばかりに彼女はフゥ、と大きなため息を漏らす。


それが彼等の耳に障ったらしい。

右端の男子生徒がグイ、と南沢の襟元を掴んで強引に自分の元へ引き寄せた。


「オレに告られたからって…いつまでも調子乗ってんじゃねぇよ!少し顔がマシなくらいでよォ、この売春女!!」

男子生徒はみるみる顔が赤くなっていく。
周りの男子も彼女に汚い言葉を浴びせる。


「(……意味不明…面倒くさい、な)」

また彼女は、ため息を吐く。






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