♀長編

□5日め
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5日目・日曜日(晴)



今日も朝から海に入っていた。
最近、毎日が楽しい。
前みたいに何かに圧迫されるって言うか…とにかく、苦しいことが無いんだ。

おかしいな。
オレはサッカー、好きな筈なのに。
どうしてあんなに辛かったんだろうな。


もやもやする。
何か嫌な予感がする。




……帰ろう。






「にーに」


呼んでもにーには気付かなかった。ひゃっほぅ!、なんて波に乗っていたから。


「にーにってば!」

声を張り上げてやっと綱海が気付いたその時。




「うあっっ!?」

風丸は急速に海へ引き摺り込まれた。


「風丸ーーっっ!!」


綱海が彼女の元へ飛び込んだ時既に遅し、風丸は居なかった。













ぐんぐんぐんぐんぐん。


深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い
海の中へと堕ちていく。


これは現実か
これは夢か。


ただ風丸が解るのは抗うことの出来ない闇の存在。


深海に引き摺り込まれた筈なのに何故か無重力を感じる。

ここは海では無いのか。



やがて息も出来ることに気付き、彼女は目を開けた。



「なんだ…ここは……」


視野に広がるは紫のような黒のような世界。




やがて
声が聞こえてきた。


『よう』





「……!誰だよ…」

周りを見渡すも誰も何も無い。在るのは自分のみ。
諦めて、風丸は声に返事をした。



『オレ?オレはオレだよ』

「答えになってない」

『本当は解るクセに』

「……は?」

『ただ、胸中に隠してるだけだろ。思い出さないようにしてるだけだ』

「………」


自分とよく似た、低く強い声。
不気味なほどに。


『オレはオレだよ』

「…違う!」

『…何で?』

「違う、違う、違う!!」

『…否定したって、意味が無いだろ。青ざめた顔してさ』


風丸の行き場の無かった視点が目的を見つける。

目の前に人が現れた。


━━自分と、よく似た。

少し異なって居るのは髪型と瞳の様子だけ。




『さぁ解ったろ?』

「………」

『もう拒むことも出来ない。君はオレでオレは君。オレはオレだ』

「お前は…もう存在しない偽りのオレだ!」

『偽り?…フン。良く言うぜ。お前がオレを生み出したクセに』

「だから、お前とオレは別なんだってば!消えてくれよっ…!」



暫しの沈黙を強いられた。
互いに。


やがて、髪を下ろした方が口を開き、沈黙を破った。

『…良いよな、お前は。オレの存在を否定すればまた今まで通り暮らしていける』

「………」

『お前はまた誰かに必要とされ、オレは皆から非難される。必要になんてされない存在なんだよな』


言い返す言葉が1つも浮かばない。
それくらい、彼女の発言、否、『自分』の発言は重い物だった。


『だからお前しかもう居ないんだ!ほら!力を欲しろよ!強くなりたいんだろ?速く、なりたいんだろ!!』

「だからって…そんなエイリア石を使って強くなりたくなんか無いよ」

『じゃあ何でオレは存在している?…お前が強くなりたかったからだろ!?』

「……っ」

『さぁ……もう一度……!』


彼女が風丸の頬に手をかけた。

拒むことの出来ない、
何処か心地のよい闇……。











「か・ぜ・ま・る!!」


パチッ!と目を覚ます。
目の前には綱海が居た。

「あ…。にーに…?」


「あ、じゃないぜ!全くよぅ!いきなり寝ちまって溺れかけてたんだぜ。眠かったのかよ?」


じゃあにーにが助けてくれたんだ。

海から
闇から。



何故かは分からないけど自然と涙が流れてきた。

「おっ、おい?」


止めようとしても逆に涙は洪水のように溢れでる。


「うわぁぁぁん!!」


綱海の胸に頭をつけて、風丸は必死に泣いた。


「か、風丸…?」

「うわぁっ、っく…うっ」


到底止みそうに無いと感じ、綱海は泣きじゃくる風丸を抱き締めた。

背中をポンポン叩きながら。



一気に溢れでたのは

彼女の辛さと
彼女の悲しさと
彼女の寂しさと
彼女の後悔と

彼女が誰にも言うことが出来ずに居た、涙。

この涙を初めて、綱海にだけ打ち明けたのだ。




「にーにぃ…っ」

「…はいはい」




直射日光と人肌で暑いけど、涙が止まるまでこうしていて、やろう。

コイツが初めて打ち明けた弱さなんだからな…。







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